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たぶん、小雨が薫るこの春の始まりの数日間を、僕は一生忘れない。


2024年4月1日。
僕は晴れて、新社会人となった。コロナウイルスがまるでおとぎ話くらいになるには少し早いくらいの春が明けた。

期待半分、いやいやもう少しくらいか。大部分は期待だった。もちろん。けれど、やっぱり不安だってあって。
大概の新生活なんて、そんなものなのかもしれないけれど。

住み慣れた山々に別れを告げ、穏やかな海の見える街へ引っ越してから早1週間。
僕はその街からも遠く離れた、大都会にぽつりと立たされていた。
東京行きの二枚切符。新幹線。指定席。

激安深夜バスの旅ばかりをしていた学生時代から、僕はたぶん、何にも変わっていないのに。えらく贅沢になったものだな、と思う。

緊張からかよくわからないが、体の調子は頗る悪かった。楽しみにしていた有名なサウナもラーメンも普段の半分以下の幸せしか運んでくれない。これなら八戸ノ里駅(大学時代の最寄駅)の小さな400円の温泉と、ススルが特にコメントもしなかったチェーンの家系ラーメンの方が泣くほど美味い。僕はどちらも大好き。

早く寝ないと。社会人1日目に、遅刻はできない。
そうして、式典と研修の1週間が幕を開けた。

初日、激疲れ。

バカみたいに疲れた。特に何かをしたわけではない。ただ座って、話を聞いたりしていただけ。けれど、自分でも驚くくらい、ぐったりしていた。
ベッドに倒れ込むと、もう動けなかった。
こんなんで大丈夫かよ。

しかし、どこにいたって同じように朝はやってくる。
重い足をなんとか転がしてビルへと向かう。
部屋に入る瞬間。何度も味わっちゃいるけれど、どうしたって、この一瞬はやっぱり苦手だ。
新学期、初めての教室に入るみたいな。
同じ部屋に振り分けられた数十名と視線が交錯する。
どことなくよそ行きの顔をしているような━━まだ名前も知らないくせにこんなことを思っているわけだが━━彼ら彼女らに、まず何と声を掛ければ良いんだろう。
初めまして?よろしく?それともお疲れ様です?
案外考え込んで下を向いていると、どこからともなく聞こえてきたのは。
おはようございます!
ああ、そうだよな。それが最初だよな。やっぱり。
明らかに僕に向けられたものではなかったであろう、けれど、その彼女の凛とした当然の挨拶は、僕たちを目覚めさせるに十分だった。

それから。
彼ら彼女らは、あまりにも暖かな空気を作るのがうまくて。
まだまだ及ばないな、と、そう思った。最後にありがとうございました、と7分咲きの笑顔で告げた頃には、せっかく会えたのに。まだ帰りたくないな、と思うくらい。

同じ部屋で数日間を共に過ごした僕たちは、もう明日には全国に散る。
これから大変なこともあるだろうけれど。
けれど。きっとどうせ、またそのうち会えるし。

とにかく、この数日間で出会えた同期たちが僕は本当に大好きになったし、
彼ら彼女らとの始まり方を思い出しては、
たぶん、これからなんとかやっていけそうだと、春雨で桜吹雪の舞い散ったホームを後にしながら、無責任にも思ったことを書き留めておくとする。

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