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「僕はここまで。ここからはついていくことはできないんだ。」

もうすぐ陸は目の前だというのに。
あの陸地を目指して私を背負って泳いでくれていたのに。
一緒に陸に上がって一緒に生活するものだと思ってた。

「ほら、もう足がつけるところまで来ただろう。立ってみて。」

彼に促され、私は彼の背中を離れると海の中の砂に足をつけた。
濁りのない透明な波が足元に押し寄せる。
私は、爪先をじっと見つめ、この足でここから歩いていくのだと自分に言い聞かせた。

その瞬間、記憶の波の底に引きずられるようにいなくなってしまう彼の姿がサッとよぎり、もう、ここにはいないかもしれない彼がいた方向へ視線を向けた。

彼は、まだそこにいた。

「ここまでしか、行けないんだ。」

寂し気で、しかし役目を終えた安堵をたたえる優しい目が私を見送っている。

ありがとう。これまでほんとうにありがとう。

彼の背中の上で、私は深い深い安らぎを感じていた。
ゆっくりと海を掻く彼の首筋に腕をまわし、この時間が永遠に続けばいいと願っていた。

陸地につけば、彼と手を取り地上での生活を存分に楽しむつもりだった。

そして、彼はここまでだと言う。

海に戻ればまた彼と一緒に過ごせるのだろうか。

そんなはずはない。

もう、ここまで来てしまったのだ。
ここで私は覚悟を決めなければならない。

女として生きていくことを、決めなければならない。

ありがとう、もう半分の私。ここまで一緒に来てくれて、本当にありがとう。
ここからは、この世界で女性として頑張って生きてみる。


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海というお題で書きました。

2020年5月

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