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生まれたとき

舞台の上ではすでにショーは始まっていた。
円形状の観客席には、大勢の人が集まっていて、興奮気味にショーを見ている。観客が見下ろす先には同じく円形の大きな舞台があり、周囲は深い赤色の幕で覆われている。
私は一人の観客のつもりだったのだ。
これから行われるショーを楽しみにしていた。
なのに、どういうわけか今、このサーカス団の一員として舞台に立っている。
私の出番はもう少しでやってくる。
この、目の前にある大きな深い水の張られたプールに頭から、美しく弧を描いて飛び込まなければならない。それが私がみんなに見せるショーだった。
舞台の上では蝶の羽を付け、青いメイクをした女性たちが高い柱の上で舞を見せ、その下では小太りなピエロが何やら観客の笑いを誘っていた。
なぜ、こんなところにいるのかわからなかった。
しかし、このプールに飛び込まなければならないことだけはわかっていた。
蝶の羽を付けた青いメイクの女性たちが舞台を乱れ飛ぶ。観客のボルテージも最高潮に達した。私は、ここで飛び込まなければならない。
飛び込んだ後がどうなるかはわからない。恐怖はあったが、後には引けなかった。
気づくと、体にピッタリの黄色と黒の舞台映えするウェットスーツを着て、私はプールのそばに立っていた。
ピエロが私を促す。
蝶の羽を付けた青いメイクの女性たちが私にむかってほほ笑む。
今だ。
私は目をつむり、腕をまっすぐに伸ばして、高く飛ぶと、そのままプールへと飛び込んだ。


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生まれたとき、というお題で書きました。

2020年5月

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