水瓶座1度 古いレンガ造りの伝道所
だめだ、もっと磨かなきゃ。ちっとも綺麗になりやしない。
力を入れて拭いたところで綺麗になるもんでもない。力を入れすぎると床は崩れてしまう。
水を含ませすぎてもいけない。
息を吹きかけて埃を払っても、また埃はすぐに現れる。
いったい、この床はどうすれば美しく磨き上げられるのだろうか。
毎日毎日ここに来て、床を磨いている。
「アスリさん、毎日ご苦労様です。」
牧師が声をかける。
「はい。」
小さな返事が聞こえたが、牧師の声が耳に入っている様子ではなかった。
「あなた、今日もアスリさんは床を磨いているんですね。あの人が床を磨くようになってからいったいどのくらい経つでしょう。」
アスリはもともと教会の熱心な信者だった。日々、教会に足を運んでは牧師の話に耳を傾け、祈りを捧げ、讃美歌を歌う。それがアスリの日課だった。
積極的に人々と交流する気配はなく、ただそこに座り、あたりの風景に溶けこんでいるような存在だった。
そのアスリが、ある時牧師に言ったのだ
「教会の床磨きをしてもいいですか。」
牧師はその申し出をなんと思わず受け入れた。
その翌日から、アスリは教会の床磨きを始めた。毎日毎日、朝から晩まで。
毎日教会の片隅で床を磨き続けるアスリの姿は、ときに美しく、ときに異様であった。
その姿を道心ある清廉な淑女としてみるものもあれば、常軌を逸した奇行を続ける狂人としてみるものもあった。
アスリは今日もみがいてる。
床をせっせとみがいてる。
みがいて綺麗になってても
汚れているよとみがいてる。
みがいて大穴開けたのに
穴に落ちても気づかない。
穴に落ちてもみがいてる。
子どもたちが囃し立てた。
大人たちがたしなめる。
教会のステンドグラス越しに、西に傾いた太陽の陽がさしこんできた。
アスリの磨く床に、ステンドグラスの影が覆いかぶさる。
アスリは手を止め、ステンドグラス越しの光が映し出す自分の影が床に映るのを確認すると、牧師に挨拶をし、教会を去った。
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