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今日はどこの酒場で歌を歌うのだろう。
連れてこられた酒場には、分厚い赤紫色の布が張り巡らされた舞台らしき場所が用意されていた。
船仕事の重労働を終えた男たちが大声で笑い、叫び、一日の疲れをこの場に吐き出してしまうための酒を飲んでいた。
私は舞台に上がると、歌いはじめた。
「おい!ねぇちゃん!下手くそな歌うたうくらいなら、さっさと乳でも見せて踊りな!」
誰かがそう叫ぶと、周りにいた男たちはどっと笑い、はやし立てた。

まったく酷い時代に生まれてきたものだ。
歌を歌う女はこんな扱いを受けるのか。

いや、前に生まれた時は男だったが、その時も酷いもんだった。
剣も持たずに歌うしか能のない男はいらないと、舌を切られて敵陣へ投げ込まれたのだ。
運よく敵兵が私を殺してくれたものだから、また歌手として生まれてくることができたわけだが、ここも酷いもんだ。

あの頃は良かった。男も女もなく、ただ私の歌声だけが愛されたあのころ。
この世から隠れてしまった太陽の神が、私の歌声を聴いて岩の扉から出てきてくれたような、あの時代。

もう一度、あのような時代に歌い手として生まれたい。

そろそろ今夜あたり、あの下品な言葉で私と歌声を貶めた男にでも殺されてみようか。


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歌というお題で書きました。

2020年5月

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