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タイトルが示す世界 ~【櫻坂46】「五月雨よ」が意味する光景?~

櫻坂46の4枚目シングル「五月雨よ」の発売が告知された。
4月6日という、欅坂46のデビューシングル「サイレントマジョリティー」の発売日と同じ日が選ばれたのに、何かの意図を感じてしまうのだが、これは、楽曲を聴いてみるまで判断ができない。
その謎は、解禁日までとっておくことにしたいのだが、タイトルにある「五月雨」という言葉と、ティザー映像から、何かしらの情報を読み取ることができるかもしれない。

五月雨さみだれ」という言葉。
今では、天気を表す言葉として使うことは余りない。
ここでいう「五月」は、旧暦の五月を表すことから、現在の暦に置き換えると「六月」のことになる。そのころに降る長雨を「五月雨」と表現するのだが、今では、「梅雨」と言うことの方が多いだろう。
そもそも、この言葉は平安時代ごろから和歌や物語に登場するようである。
それまでは、「長雨ながめ」と表現されることが多かったようだ。
平安時代の和歌や物語で登場する「五月雨」は、「さみだれ」という掛詞として使われる場合が多く、人の心情が「乱れる」様子や、置かれた立場が「激しく落ち着かない」状況などを表現する時に登場している。
同じ雨が降り続く様子を表す言葉なのだが、「長雨」の方は、「どこかのんびりとした落ち着いた雰囲気」を表す時に使われているのに対して、「五月雨」には、その「さみだれ」という音から想像される「激しさ」を表すことが多い。
年月を経て、俳句などに登場し始めた頃には、すっかりと現代人がもつ「梅雨」のイメージで使われている。

五月雨を 降り残してや 光堂 (松尾芭蕉)
五月雨を 集めて早し 最上川 (松尾芭蕉)
五月雨や 大河を前に 家二軒 (与謝 蕪村)

平安時代の頃は、長い雨は、人々に「暗い」中での生活を強いるものである。必然的に、「外出できず、やることがない」貴族たちは、宮中の女性の品定めをしたり、絵や物語を楽しんだりして、持て余した時間をつぶすことになるわけだが、この辺りは現代でも変わらない光景と言えるだろう。
また、長く雨が続いている時の夜などは、何か物怪もののけが登場してきそうな禍々まがまがしい空間と捉えていたことも、そのころに書かれた物語などから知ることができる。
この光景、どこか「Withコロナ」の現代と似ていないだろうか。
世界中に拡がるウィルスの感染に怯えながら、「外出ができない」現代人。「家の中で過ごす」ことを強いられる人々の様子を、「五月雨」の時期を過ごす平安人たちの暮らしぶりに重ね合わせることは容易であろう。

・・・と考えてくると、ティザー映像にある「先のことはわからないまま」という言葉に説得力が出てくる。

それと同時に、「五月雨」は、「さみだれ」と言う読みから「激しい恋」を表す和歌でも、よく登場する。
たまたまかもしれないが、シングル告知があった前日(2月7日)、松田さんがWパーソナリティーを務めているレコメンでは、藤吉さんがセンターの恋愛曲「Plastic regret」が流された。
同番組に出演していた松田さんは、当然、翌日シングルの告知があることは知っていたはずである。それを前提として考えた時、「Plastic regret」を流したことに、何かしらの意図を感じてしまう。
この流れから予想されるのは、「ついに櫻坂46の表題曲で、恋愛ソングが登場する?」となってくるのだが、これこそ、楽曲が解禁されるまでのお楽しみと言ったところだろう。
ただ、ティザー映像に出てくる「五月雨式に、好きになってく」という言葉が、その予想の答えなのかもしれないのだが・・・。


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