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シン・エヴァンゲリオン劇場版:||

シン・エヴァンゲリオンを観てきました。

95年にテレビシリーズが始まり、97年の旧劇場版で一旦完結。そして2007年から新劇場版が始まり2021年3月完結。自分はそこまで熱心なファンという訳でもないのですが感慨深いものがあります。そういえばエヴァンゲリオン2という庵野監督自身がこれはエヴァの続編だか完結編だか帯に書いていたPS2のゲームもありました。あれ戦闘パートが上手くクリアできなかったな。

エヴァンゲリオンとは何を描いたのか

テレビシリーズ、旧劇場版、新劇場版とある訳ですが共通しているテーマとしては「人はお互いに分かり合えないから苦しい、だからお互いの境界を無くしてしまえば幸せなのか」です。異論はあると思いますが少年が大人になるということはどういうことなのかを描いている作品であると言えると思います。

テレビシリーズと旧劇場版と90年代

自分は最初の放送を毎週観ていましたがガンダムなどのロボットと違って曲線的で滑らかな動きをするエヴァンゲリオンを格好いいと思ったしストーリーも世紀末を感じさせるもので毎週楽しみ観ていました。カオル君を殺してしまったシンジがどうなるのかなと思いながら次週の放送を観たら急に内省に入り最後はおめでとうとみんなに祝福されるというラストであれ、なんだこれ、毎週観てたと思ってたけど何か見逃したかと訝ったのを覚えています。当時は録画してなかったらもう一度見れませんから考えるしかない訳です。自分の結論はシンジという少年が生きていて良いんだ、自分らしくて良いんだと気付けたことの祝福、そこに至るまでのプロセスがエヴァンゲリオンなんだということでした。あなたはあなたで良いんだと。旧劇場版はそれをもっとアクション作品らしく作り直した作品と言えると思います。当時自分は中学生でした。あの頃の世の中は本当に閉塞感に満ちていたことを覚えています。将来の夢なんか描いても無駄だよ、安定が第一だよね、公務員とか良いんじゃない、大企業も安定じゃないよ、阪神大震災や地下鉄サリン事件、神戸の少年事件、世紀末だよと灰色な世の中でした。そんな時代に「もののけ姫」が生きろ!のキャッチコピーで登場し、バトルロワイヤルが走れ!とラストシーンで訴え、エヴァが自分らしく生きて良いんだと言っていた。10代に向けて映画が発信していたメッセージが夢を持てとか努力しようではなく生きようだった。それが90年代後半だった。ちなみに押見修三の「悪の華」はこの閉塞感がよく表現されている漫画だと思います。読んだ時びっくりした。

新劇場版

2007年から始まった新劇場版。当初は単純なリメイクの予定だったと記憶していますが2作目の「破」からは物語が変化していきます。「序」はリメイクとして懐かしいし映像がレベルアップしていて格好いいなという感想。「破」はリメイクとして大枠は踏襲しながら細部が変化し物語も変わった。シンジたちが自分自身を肯定出来ている点が大きな変化だと思っています。テレビシリーズはシンジもアスカも自分を肯定できずに苦しみもがいていた。綾波に至っては自分の代わりがいるという有様。自分で自分を肯定できるまでの物語がテレビシリーズだとするなら新劇場版は自分は自分なんだということはもう受け入れることが出来ているという地点から始まっているという点で10代の描き方が違うのだと言えます。あなたはあなたで良いんだよとわざわざ言わなければいけなかった90年代と2000年代の10代は違うんだということを感じました。「破」は旧作と離れていく分岐点となった作品だと思います。生きていて良いんだよと言われていた旧作からどうやって成長し大人になるのかを描く新作へという変化です。「破」は映画としても良く出来ていて、テレビシリーズでも描かれなかった第3新東京市の日常が描かれ、特にアスカを通して子どもが大人になっていく過程が描かれた作品でした。「Q」は冒頭を観ながら本気で自分の知らない間に一本作品が公開されていたのではないかと疑いました。前日の金曜ロードショーでエヴァが放送していたのに見なかったけどあれは新作だったのかと本当に思いました。「Q」も面白いんですがラストへ物語を大きく転換させるためのハブのような作品だと最終作を観た今ははっきりそう言えます。

シン・エヴァンゲリオン

ストーリーをあれこれ書くとやっぱり迷惑なので割愛します。完結編として良い映画でした。人類補完計画はゼーレのシナリオですが碇ゲンドウの個人的な望みがその背景にあり、今まであまり目立ちませんでしたが作品の根底に常にあったものでした。今作ではそれが明確になりシンジが父親を乗り越えて成熟していく過程が描かれました。出典を忘れてしまいましたが庵野監督がエヴァでやりたかったことはエディプスコンプレックスと父ごろしだったそうでテレビシリーズではそこまで出来なかった。今作ははっきりゲンドウの心象風景が描かれシンジによる父殺しがなされました。キャッチコピーにもなっている「さらば、すべてのエヴァンゲリオン」とはその人が抱えている絶対と思っている状況や存在のことで、親、トラウマ、あるいは仕事や恋人、家庭環境など人によって違うのだと思いますが絶対と思っていたものも実は違う、見方や居場所を変えてみると違う解釈が生まれて自分自身でも知らなかった自分を見つけることもできるんだ。だから今の幸せがずっと続くということも無いけど悲しみや孤独も同じなんだという結論でした。死は寂しいが次に繋げることもできるんだと。人類補完計画としてみんなが同じになればそれも幸せかもしれないけど他者との軋轢も含めて違いの中で生きていこうという視点はナウシカの7巻にも繋がりますね。希望と成長の物語として完結したエヴァンゲリオン。今作は良い作品だったと思います。

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