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カネカ騒動から学ぶ、日本型雇用の変化対応力

育休取得後の配置転換、退職前の有休取得などを巡るTwitterの投稿から、カネカの問題が取り上げられている。

私は、この問題についてメディアからの情報以外に内情を知るすべはないが、専ら企業サイドで労働法を扱う弁護士として、日本型雇用慣行の変化を感じざるを得なかったので、その点を記しておこうと思います。

下記記事にもあるように、日本型雇用においては、解雇権が制約されている代わりに人事権が広い。つまり、転居を伴う配置転換であっても、病気や親の介護など、特別の理由がない限りは裁判においても広く認められるのが一般的だ。

ただし、これはあくまで「法律論」に限ってのことである。裁判になっても「勝てる」かどうかと、人事戦略として正しいかどうかは別の話である。

現代においては、共働きが一般的であり、実際に生活水準を考慮すると、夫婦の収入がなければ成り立たないという家庭は多く見られる。

さらに、保育園に入学するのも場所や費用を選ぶのであれば困難を伴う。ましてや、「やっと入園できる」となった直後の配転であれば動揺する例も見られるだろう。

そのときに、「法律で認められるから」と配転を強行していいか、企業人事は考えていかなければならない。

実際に、地元志向の高まりや、家族と離れなくないという理由から、配転を拒否する事例は最近増えている。

そうであれば、今政府が検討しているような、ジョブ型正社員、地域限定正社員などの制度を導入し、そちらへの移行を促すと同時に、実際に配転に応じてくれる人にはそれに見合ったプレミアム、具体的には昇級するために必要な経験値の付与や待遇面で報いる必要があろう。

重要なのは、それを「選択」することだ。「会社に言われたから」という理由で渋々転勤したとしても良いパフォーマンスが出せるとはいえない。

そして、このような問題で社会的に議論となること自体、同社の採用戦略には大いなる悪影響を与えてしまうだろう。

CMなどでイメージは良かった会社だけに、株価にも影響し、これから入社しようと考える学生、若年社会人に対しても悪影響を与えてしまった、これだけでも大いなる損失である。

SNS時代において、自社の内情を隠し通すことは困難である。そうであれば、転勤する人、しない人の不公平が無いように処遇面で差を付けるなどして公明正大に転勤問題と真正面から向き合う姿勢が求められるだろう。

同社が出している声明を引用すると

当社の対応に問題は無いことを確認致しました。

とあるが、これはあくまで上に述べた法律的にという話である。現に株価が年初来安値をつけているという時点で問題である。さらに本当に問題なのは、現在いる従業員のモチベーションや、これから新卒採用、中途採用で入社しようとする人への悪影響である。

育休取得については、その後のキャリアをどのように示せるかが重要だ。育児介護休業法等により、権利としての育休は認められ、マタハラも禁止されている。それは当然守るべきものとして、その上で現実に制約がある中でどこまで会社の業務をやって貰うのか、しかも子供がいない人とのバランス・公平性も考えて。

このような難しい舵取りが迫られているのが現代の人事なのである。

人事は単に手続をする部署ではない。本件のように、会社の株価に直結するような戦略を提示することが求められる仕事だ。

その観点では、

本件では、育休前に、元社員の勤務状況に照らし異動させることが必要であると判断しておりましたが、本人へ内示する前に育休に入られたために育休明け直後に内示することとなってしまいました。

とあるが、本人に対するキャリアはどこまで示せていたのだろうか。起業準備に入っていたという一部報道もあるが、本件の本質は事実関係がどうだったかというよりも、対外的に示す「姿勢」の問題である。

現に、マイホームのローンを組んだ後に転勤に応じざるを得なかった社員が存在し、また快く転勤に応ずる社員がいる一方で、これを拒否する人もいる。そんな現実の中で、転勤に応じた人たちに不満を抱かせないように、転勤を拒否する人たちに配慮した制度設計が求められているのである。

この点を同社は「けじめ」という言葉で表現してる。

着任日を延ばして欲しいとの希望がありましたが、元社員の勤務状況に照らし希望を受け入れるとけじめなく着任が遅れると判断して希望は受け入れませんでした

しかし、「けじめ」を優先するがあまり、ここまで株価や採用戦略に悪影響を与えても良いだろうか。

本件は対岸の火事ではない。どこの企業でも起こりうることである。そうであれば、配転命令を行うことが出来るか、という法的側面ばかりではなく、人事戦略の見直しを各企業は検討する必要があるだろう。

さらに労働法政策としても、配転命令、つまり人事権を制約した場合、解雇規制や労働条件変更などについては緩和するというバランスの取れた政策が求められよう。

問題を目の前にして、人事としてなにか出来ることは無いか、そう悩んでいる人が同社の中にも、また他の会社にも多数いると思います。日本型雇用慣行が変わろうとしている今だからこそ、これまでの常識にとらわれず、しかし、公平かつ公正な人事制度の構築が求められています。現場で奮闘されている人事の皆様、頑張って下さい!

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日本の雇用社会はどうあるべきかを考える企業労働法の弁護士。倉重・近衛・森田法律事務所代表。 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会執行役員 著作はこちら https://amzn.to/2E0vocP https://kkmlaw.jp