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株主還元ルールに込めた思い(CFOノート)

㈱クラシコムCFOの山口です。
私たちは、投資家をはじめ様々なステークホルダーの方に、よりクラシコムという会社を理解していただき、共に健やかな関係性を築いていきたいと考えています。

そこでこのnoteでは、当社の財務諸表の特徴や変化を、その背後にある経営思想と絡めて説明する少しマニアックな記事をこれから出していきたいと思っています。

なお、フィードバックは大歓迎です。経営陣は十分に議論を尽くした方針で事業運営を行っていますが、取り入れることがより適切と思える考えがあれば常にアップデートする心構えでおりますのでお気づきの点などあれば是非お願いします。


ルールを決めれば経営側も縛られる。それでもいいと思えるフェアなルールを作ろう

上場審査が始まった頃に青木から株主還元ルールを作りたいと持ちかけられた時のことは今でもよく覚えています。
この株主還元ルールのコンセプトや基本的な考え方は、当初青木から持ちかけられた時から非常に明確になっていました。それを確認しながら細かい部分を決めていき、シミュレーションによってパラメータの詳細を詰めたうえで、上場後初の決算発表の場で株主還元ルールを説明しました。
昨年はそれに従って配当を約3.3億円行い、今期も上場当初からの約束通りこのルールに従い還元を実施する予定です。フェアさなどの観点から今のルールを変更した方がより適切だと判断されるまでは今のルールを守っていきますので、当面はこのルールが続くものと捉えて頂いて大丈夫です。

グロース市場にIPOし、上場直後から株主還元を積極的にするケースは少ないので、そもそも配当や自己株式取得といった還元をしない選択肢もありました。またルールを決めてしまうと経営側も当然それに従う必要性があり、経営の資金需要に応じて柔軟に還元額を変更することが出来なくなります。また将来生じるかもしれない大きな投資のために貯めておく事ができず、そういった場面が来た場合には資金調達が必要となってきます。上場当初からルールを決めなくてもいいのでは?という議論もしましたが、必要以上の資金を貯めず積極的に株主還元をするルールを策定し経営もそれに従う事は強力なガバナンスにもなり、投資家・株主の安心にも繋がるという青木の強い思いからこのルールは生まれました。

株主還元ルールのコンセプト

基本的なコンセプトは下記3点となります。

1.TSRを重視したダイナミックな株主還元
2.B/Sマネジメント(キャッシュポジション)の観点から還元可否および規模を判断
3.還元を行う場合には、当期FCF(フリーキャッシュフロー)の50%が上限

当社は成長による企業価値の向上と積極的な還元の両方を重視して経営しています。株価は経営陣がコントロールできないことなので短期的に還元によってTSRを一定にしようとするという趣旨ではなく、中長期的に見たときに成長と積極的な還元によって株主・投資家の方にとって価値を感じて貰えるような経営をしていきたいと考えています。

ダイナミックというのは、固定的ではないという意味です。前回の記事で利益は株主のものであると同時に投資や安定した経営のための内部留保、借入金の返済などの原資でもあるとお伝えしました。そういったバランスを考慮したルールのため、配当などの還元額は毎年変動します。そういった意味合いでダイナミックと表現しています。

このような思いを込めたルール設計を行った結果、還元の判断は資金的に余剰があるかどうかをキャッシュポジションの観点から判断し、毎年の還元額についてはFCFをベースにするという内容になりました。

還元ルールの詳細

還元可否の判断はキャッシュポジションから判断します。
ネットキャッシュが目標水準を上回っていたらキャッシュポジションは超過しているので還元可能と判断し、下回っている場合には還元はできないと判断します。

ネットキャッシュとは、現金預金の金額から借入金の金額を差し引いた残額のことを言います。そもそもの株式会社の仕組みとして、株主は残余財産の分配権を持っている代わりに債権者よりも劣後します。そのため借入金の返済は株主還元よりも優先されるべきであり、キャッシュポジションの判断をする際に借入金を控除したネットキャッシュにすることによって優先順位を間違えないルールになっています。

目標水準は、直近の販管費(広告宣伝費を除く)の2年分と設定しています。これは経営側で従来から決めていた水準であり、上場以前に目標水準を超える現預金は確保できていました。何らかの理由で売上が一時的に激減するといった危機に際しても、その状態からリカバリーするまで耐えられる水準として設定しています。危機的な経営環境に陥った場合、広告宣伝費は経営の意思で止めることができるため除外しています。それ以外の販管費は固定費のため、この目標水準は売上が突然ゼロになったとしても体制を2年間は維持できるという水準となっています。どの程度確保するべきか、というのは色々な考えがあると思いますが、この内部留保があることによって経営のレジリエンスが確保できるとともに、一定規模までの投資について迅速な意思決定も可能になるため、長期的な企業価値向上にも繋がると考えています。

キャッシュポジション的に超過があり還元可能な場合は、その年の還元原資を計算することになります。基本的にはフリーキャッシュフロー(FCF)の50%が還元の原資となります。ただキャッシュポジションの超過額が少ない場合にもFCFの50%を還元すると目標水準を下回ることになるので、この場合には超過額がMAXとなります。

FCFを還元の原資にすえているのは、投資額も考慮した残余額を分配の原資とするためです。有形・無形の固定資産への投資が行われても、基本的には投資額はPL上は費用とならずに、数年を掛けて償却することによって徐々にPLにヒットします。そのためPLの利益は投資額が反映されず、利益は出ていても投資も含めて考えると資金は減る/それほど増えないという事が起きます。株主還元をすると当然会社の資金が減ります。資金の裏付けがあってこそ還元ができるので、事業活動で獲得された資金から投資額を引いた残額が株主還元の原資になることが合理的であり、それを表すキャッシュフローの一般的な概念であるFCFをベースにする考えが適切だと判断しました。
適切な投資が行われているのか?という懸念・心配はあると思います。少なくとも過去においては無駄な投資はせず、その中で成長し利益もあげてきたことはB/SやP/Lの推移からご理解頂けると思います。今後大きな投資をする際には、その投資の是非を投資家の皆様に判断して頂けるようしっかりと説明したうえで実行していくつもりです。

50%というパラメーターについては、シミュレーションを重ねて利益構造や固定費の増加ペースなどを考慮し、大きな投資がない場合にはある程度安定して還元ができ、かつキャッシュポジションの超過が膨らみすぎない内部留保のバランスとして設定しています。これにより純資産の金額も適切なレベル感になり、結果としてROEや資本コストにも配慮したルールとなっているとご理解下さい。

一般的なルールではありませんが一般的な概念を使って比較的シンプルに設計されており、借入金の返済、投資、株主還元、内部留保といったバランスをできる限り考慮したフェアなものであることをご理解頂けたら幸いです。

他の代表的な還元・配当指標との比較

配当利回り

配当利回りは、1株当たり配当額÷株価で計算されます。その銘柄に投資した場合に配当で得られる金利を計算しています。非常に分かりやすい指標なので、高配当利回りの銘柄は人気があります。ただ株価は経営陣がコントロールできないので、それが組み込まれた指標を目標にするのは難しいというか、適切ではないと考えています。
配当利回りは「配当性向÷PER」とも表現できます。つまり市場からの評価であるPERが高くなればなるほど配当利回りは下がっていきます。そういう意味でも経営陣の目指す指標ではなく、結果としてのお買い得度を投資家の方が測る指標だと考えています。

配当性向

配当性向は、1株当たり配当額÷1株当たり利益で計算されます。利益のうちどのくらいの割合が配当として株主に還元されるかが分かる指標です。良く使われる指標ですし、経営者の責任と意思を込められるので、目標や目安とするのに適したものです。

利益のうち一部は借入の返済に当てたり、将来を見据えての投資に回したりするので、そういった分を考慮して、株主に配当で還元する割合である配当性向を決め、それを投資家の方にコミュニケーションしていると思うので、合理的で納得感も得やすいと思います。

一方で投資や借入・社債の返済には波があるため中期的にそれを見込み配当性向を決めることになるので、配当性向を中期的にキープすると、ある年は本当は余力はあるけど配当を抑え支出が多い年に備えるという事になります。

当社のルールではキャッシュポジションやFCFをベースにダイナミックに還元するので、出せる時には積極的に還元することになります。日本の上場企業の配当性向は平均で約30%と言われていて、10%~40%で設定する会社が多数となっています。当社の場合、23年7月期の配当性向は50%弱であり、24年7月期は約10%となる見通しです。この点からも、年度により変動はありますが、出せる時には積極的に出すという姿勢・メリットをご理解頂けると有難いです。

配当性向よりも当社のルールが優れていると言いたい訳ではありません。どちらもフローの利益を還元原資と捉え、そこから株主還元に回す分を決定していく点は似ているものの、当社のルールだと投資額を加味したFCFの50%を最大値と設定しているので、投資が少ない期は市場平均以上の高い配当性向になる可能性を持ち、投資が多いと配当性向は小さくなる(ゼロもあります)という違いがあり、そこに面白さを感じて頂けたらと思います。

DOE

DOEは、年間配当総額÷株主資本で計算されます。フローではなくストックである株主資本を分母としている点が特徴で、株主資本が十分にある企業の場合は配当が安定します。利益が小さい期は配当性向で計算すると配当額も小さくなりますが、十分な株主資本がある会社がDOEを基準に配当額を計算すると利益が大きい期と比べても配当がそれほど下がりません。逆もしかりなので、利益が大きく出ても配当はそれほど大きくなりません。景気には循環があり、企業の業績にも波があるので、そういった中で安定した配当になるという点はメリットだと思います。

DOEは、配当性向×自己資本利益率(ROE)とも表現できます。配当性向が100%以上ならDOE>ROEとなり自己資本は徐々に減っていき、配当性向が小さいほど増やそうとする意識が強いことになります。DOEとROEを比較すると企業が自己資本の水準をどうしていきたいかが分かるのでその点も興味深い点だと個人的には思っていますが、DOEだけでは企業が適切と考える株主資本の水準は見えません。

ダイナミックな還元というコンセプトのため、当社としてはDOEを採用することはありませんが、BSの観点も持つという点は大事なポイントだと考えています。当社のルールにおいても株主資本ではありませんが、キャッシュポジションを考慮しているので、BSの側面を加味しています。また、キャッシュポジションの目標水準を明確にしている点ではDOEよりも明瞭性を高めるために一歩踏み込んだものになっていると考えています。

安定配当/累進配当

配当額を一定にするのが安定配当で、更に増配をしていくのが累進配当と呼ばれ、累進配当銘柄は非常に人気がありますが、当社のコンセプトには合わないルールです。
個人的には、これはDOEと近い考え方だと思っています。中長期でROEの水準の見通しを持ったうえで、自己資本が増加する水準でDOEを設定し、それをベースに配当額を決めていくと、結果として安定かつ累進配当になっていくからです。ただそのためには高度な財務シミュレーションが必要だと思うので、正直これを採用するとなったら気が重いです。
分かりやすさや安心感という点で優れているとは思うものの、一時的に業績が良くても下方硬直的な性質を持つ方針のため簡単には配当額を増やす判断がしづらい点からも、運用が難しいルールだと考えています。

今回も長くなってしまいました。
どの方針も良さがあるので組み合わせて使われている会社も増えてきていると思います。当社のルールが完璧だというつもりはありませんが、強い思いと明確なコンセプトが詰まったものになっているのをご理解頂いたうえで、興味をもって貰えたら嬉しいです。

次回のテーマはまだ決めかねてますが、クラシコムの予算管理についてはいずれテーマにあげたいと思ってます。

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