見出し画像

コントロード 第二十一話「著作権フリーの前説マニュアル」

僕らに新たな仕事が入ってきた。

「前説」である。

話にはよく聞いていた、テレビ番組の収録前に観覧客をあたためるお仕事だ。

なんとなくイメージはできたが、なんせ喋りが苦手な僕らツィンテル、何をどうしたら良いかさっぱりわからなかった。

そこで事務所側にまず一度見学に来るよう言われた。僕らの先生は同じ事務所の先輩漫才師「あきげん」さんだった。

あきげんさんはシュッとした元気さんのツッコミと不細工な秋山さんのコンビで伝説の土曜深夜の「夢で逢えたら」枠で少し前までやっていた「コンバット」のレギュラーでもあった実力派漫才師で、この前説も慣れているようだった。

初めて見たときは度肝を抜かされた。とにかく喋って喋ってほとんど間が空かない。こんなことが果たして僕らにもできるのだろうか? 僕はとにかくメモに取り、凝視していたがあまりの速さについていけず終わってからも質問攻めにした。

「これの後って何やりました?」

「その次は?」

「こういう時ってどうしたらいいんですか?」

丁寧に教えてくれた先輩は

「とりあえずまずは俺らのそのままやってみたらいいよ」

と言った。

ネタやギャグは個人のものだが前説はみんなのものだとあきげんさんは言った。世代を超えて受け継がれていくものなのだという。

「俺らだって最初は先輩の真似だったし、徐々に自分たちの形になっていくから」


初めての前説は内村さんの番組「世界の果てまでイッテQ」だった気がする。

前説と言っても前説だけやればいいわけじゃない。

まずはテレビ局への入り方すらちゃんとわかっていなかった僕らは、日テレの場合はまず受付で守衛さんにこういう伝え方をして、それからこういう順路でここに行く、ということから覚えなくてはならなかった。

その後は大体何時頃に内村さんが入られるというのが段々とわかってくるので挨拶に行くタイミングやスタッフさんの中で誰が偉いということなども少しずつ覚えていった。

その後僕らは「イッテQ」だけでなく「ヒルナンデス」「イロモネア」「メレンゲの気持ち」その他特番など相当な数の前説をこなした。月に3,4本か、もっとやっていただろうか。2年目から5年目ぐらいまではやっていた気がするので少なく見積もってもざっと100回はゆうに超えているだろう。

前説といえども、定期的にテレビ局に出入りするわけで、だんだんと各テレビ局の構造などを覚えていき、なんだか自分たちがちゃんとした芸能人になったかのように思えて楽しかった。観覧のお客さんはお笑いファンというよりは番組のファンや出演者のファンの方が多く、そういった人たちから笑いを取る、盛り上げるというのはまた違った能力を必要とする。やるべきかどうかはそれぞれの芸人の考え方に任せるが僕らにとってはすごくためになったし、テレビ局の雰囲気や番組の収録の仕方を学ぶ上で、若手芸人にはオススメのお仕事だと思う。さらに、たくさんの出演者さんにご挨拶をし、顔を覚えてもらうこともできる。通路で様々な芸能人と出会うこともある。芸人さんはみな僕たちに優しくて、売れっ子になってもこういう風でありたいという人としての態度の勉強にもなる。

「ヒルナンデス」では曜日替わりで各事務所の若手が前説をする。マセキ芸能社は火曜日の担当だった。いつも明るく優しく僕らを楽しませてくれるいとうあさこ姐さん、妙に親しげに僕らをイジってくれるJOYさん、そしてもちろん僕らのボスであるウンナンの南原さんとお話しできる貴重な機会であった。

喫煙所では僕がタバコを吸っていたらライセンスさんがお二人で入ってきて、一見怖そうに思っていたら僕の顔を覚えてくださっていてとても気さくに話しかけてくれて各事務所の給料比率のお話など楽しくさせてもらったのも良い思い出だ。

さて肝心の前説の仕事だが、あまり人の前説を見ることは最初以外ないので自分たちがうまいのか下手なのかはわからない。お世辞にも喋りが得意なタイプのコンビではないので、僕らはほぼ定型文が決まっていてそれを忠実にこなしていた。一度僕らがあきげんさんを見に行ったように僕らが慣れて来た頃にジグザグジギーが見に来て「あんなにハイテンションでたくさん喋るガクさんを初めて見た」と言って完全に引いていて、自分たちには無理と言ってやるのをやめたことを覚えている。

僕らの前説は、完全にあきげんさんのものがベースとなっていて、そこに僕らなりの色を足したものとなっている。本ネタではどちらがボケツッコミとあまり決まっていなかった僕らだが、前説ではなぜか完全に僕がボケさらには進行、セトがツッコミや合いの手という形を取っていた。

前説と一口に言っても、番組ごとに時間ややることは異なる。

時間で言うと、「ヒルナンデス」は生放送なので番組が始まる時間が決まっている。ということは前説の時間も決まってくる。約4,5分。

「イッテQ」はいつ内村さんたち出演者のスタンバイが整うかわからない。ジャニーズファンの若い子が多いので盛り上がりやすい。10~12分。

「メレンゲの気持ち」はさらに長くなる場合がある。最長で僕らは20分強だったかな。年齢層は他の番組より少し高めなので、他の番組よりはのんびりとやって良い。

「イロモネア」の場合は前説だけではなくカメリハといって技術さんのチェックのために3組ぐらいのマセキの若手で実際にイロモネアに挑戦をする。毎回イロモネアの前説のためにショートコントや一発ギャグやモノボケを考えていった。

観覧のお客さんに全力で喋りながらもフロアにいるスタッフさんや舞台セット裏に出演者さんが揃ってきた感じにも注意し、ADさんからのカンペやサインを見つつ時間配分をして、良い流れで収録を始められると僕らとしても気分が良い。普段の僕からは考えられないほど大声で超ハイテンションだが頭の中は至って冷静である。


例えば一番短い「ヒルナンデス」で言うとこんな感じだ。

G……ガク S……セト

G (超ハイテンションで)どうも~!!

S お願いします~。

G ちょっとちょっとちょっと! (客席を指さし)平日の昼間から何やってんの!?

S いいじゃない別に。

G 働こうよ! ねえ? あ、あと、今日寒いね! 大丈夫? 上着持ってきた? あ、衣替え済ませちゃった?

S 馴れ馴れしいんだよ。

G あ、あと、これ、今みんなが一番思ってること!

S なんですか?

G お前ら誰だよ? って。

S はいということで前説を担当しますツィンテルと申します、お願いします~!

 拍手をもらう。

G じゃあね、皆さん僕らのこと知らないと思うんで、まずは簡単に自己紹介からしたいと思います。僕がね、ツィンテルの小さい方、倉沢学と申します。ガクという名前なんでみんなからは「ガックン」って呼ばれてますよ。(耳に手を当て呼んでもらうがあまり呼んでくれない)はい。なかなかね、アウェイの状況でやらせてもらってますけどね。で、こちらがツィンテルの大きい方、セトタケオくんと申します。

S セトっていうんですよ。

G セトという名字なんでね、みんなからは「クソ野郎」って呼ばれてます。

S 呼ばれてねえよ。「セティ」って呼んでください。せーの。

 お客さんに呼んでもらう。

G じゃあまずはね、前説のやるべきことをやりたいと思うんですが、出演者の皆さんが今から登場します。そしたらね大きな拍手で迎えてください。じゃあ拍手の練習しましょう! はい、拍手!

 拍手をいいともみたいに促して止める。ひとボケ入れる。

S 何やったの? 今?

 G、なんかボケを言う

S おかしいだろ。

G いいですね~じゃあ続いて、大事なのは声。皆さんの声でも番組を盛り上げて頂きたいので声出す練習しましょう。ここにね、ちょうど看板があります。(「Do you Enjoy Yes! ヒルナンデス」と書いてあるセットの看板を指し)セトさんがまず「Do you Enjoy」って言います。そしたら僕が「Yes」、そしたらみなさん一緒に、「高須クリニック」!

S 違うだろ! ヒルナンデス!

G あ、そっかそっか、じゃあ行きますよ~ドゥユーエンジョイ! イエス!

 観覧客が「ヒルナンデス!」と言う。

G もっと大きく! ドゥユーエンジョイ! イエス!

 観覧客が「ヒルナンデス!」と大きく言う。

G いいですね~あとね、実際出演者の方が出てきたら色々言っていいですからね。

S そうそう、キャー! とか、かわいい! とか、かっこいい! とか。

G そうそう、結構稼いでんでしょ! とか。

S それはダメだよ!

G あとはね、この番組はVTRとか観たりするんですけど、その時の皆さんのリアクションも大事です。

S え~、とか、あ~、とかね。

G じゃあリアクションの練習もしましょう。僕が今から色々言いますから、それに対して正しいリアクションをお願いしますね。じゃあ行きます。……僕、実はこう見えてスーパーモデルなんです。

お客さん え~。

G (親指立ててOKOK)……僕こう見えて、プロのバスケットボール選手です。

お客さん え~。

G (OKOK)……僕実はこう見えて、あんまりモテないんです。

お客さん あ~。

G なんでだよ!

S お客さん、正解ですよ~。

G まったくもう……はい、それではもう間もなく番組始まります、皆さん元気よくお願いします! では最後にもう一回声出しましょう、レッツエンジョイ、イエス!

お客さん ヒルナンデス!

G 以上前説の、

SG ツィンテルでした~。ありがとうございました~!


でADさんが出演者呼び込み。

ちょっと割愛したが、一番短い前説で大体こんな感じ。途中ADさんからあと1分とか30秒というカンペが出るのでそれを見ながら足したり引いたり。

これに長いバージョンだとそれぞれのパートを増やしたり新しくなんか足したり。大体何本もやるとそのコンビの定型文ができてきて、相方がなんか言い出したら「あ、アレやりたいんだな」ってのがわかってきてお互いで感じあって進める。

定型文の例としては、

例1、声出しで「笑って」って言って「いいとも」って言わせる、「アッコに」って言って「おまかせ」って言わせる、「マイケル」って言ってごちゃついてお客さんにツッコむ三段オチ。

例2、「観覧初めての人」って聞いて「2回目の人」って聞いて「3回目」って聞いて「これを職業にしてるって人」ってオトす。

例3、出身地聞いて「東京都の人」って聞いて「神奈川」「埼玉」「千葉」「茨城」って聞いてセトに「これ全部聞いてくの?」ってツッコんでもらう。

などなど。20分までならバリエーションは沢山あった。

こんなに決めてるコンビがいるのかわからないけど、僕らはフリートークが苦手なんで決めといて多少ズレるくらいがやりやすかったかな。



番組観覧に行くことがあったら前説もぜひ楽しんでみてほしい。

若手芸人がいつか番組に出れることを夢見て必死に頑張っている。


(第二十二話につづく)



お金持ちの方はサポートをお願いします。サポートを頂けたらもっと面白く効率的に書けるようofficeやadobeのソフトを買う足しにしようと思っています。でも本当はビールを飲んでしまうかもしれません。