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コントロード 第十一話「コンビはじめました」

数あるお笑いプロダクションの中からマセキ芸能社を選んで初めての事務所ライブのネタ見せに向かった僕、セティ、デビの三人。

下町にある、普段は落語会などで使われている古びた公民館のような建物がその会場だ。

緊張の中、早く着いた僕らは、どこかで練習をしようと裏手にある公園に向かった。

するとその公園のそこかしこに2人組がいる。

同じくオーディションを受けに来た若手芸人たちが練習をしに来ていたのだ。

お笑いの劇場近くの公園ではどこでも必ずこんな光景を見ることができて、今でもそんな練習風景を見るとなんだか芸人時代を思い出して「がんばれ」と思ってしまう。

芸人となって半年ほど経った頃にようやくわかったことだが、芸人は基本的に壁に向かって小声で練習をする。なんとなくイメージできる方も多いだろう。僕らもだんだんとそうなっていったのだが、その理由はなんだろうか。全力でやると周りの人がビックリしてしまうからかもしれない。変な顔や動きをして恥ずかしいというのもあるだろう。芸人は基本的に恥ずかしがり屋が多い。一方この頃の僕らは役者全開で、むしろ沢山のひとに見えるように大きな声と身振り手振りで開けっぴろげの練習をしていた。僕はといえば自分たちのネタで楽しくて笑ってしまうことも多かった。この癖はなかなか抜けなくてよくダメ出されていた。

肝心のオーデイションの結果だが、この日のために作った3人の新ネタコント「記者会見」で僕らは無事に合格した。

数週間後には生まれて初めての事務所ライブに出演した。

マセキ芸能社では当時オーディションライブのMCはドロンズ石本さんだったのだが、僕たちがはじめて出演した時は石本さんのお仕事の都合でたしか星野卓也さんだった。NHK「爆笑オンエアバトル」で観たことのある芸人さんに会えて嬉しかったのを覚えている。ネタのウケも悪くなかった。なぜならこの頃の僕たちはそれまでそれぞれやっていた芝居のお客さんをたくさん呼んで会場をホーム状態にしていたからだ。不思議と演劇人はお笑いに対して憧れが強い人が多く10回の「今度芝居やるから観に来てよ」の誘いより1回の「今度お笑いライブ出るから観に来てよ」の誘いの方が格段に効果を発揮する。なにより安いし、単純に観てみたいのだ。

ネタが終わって気分も良かったのだが、ひとつ初めての経験もした。

マセキ芸能社のオーディションライブは、数組のネタが終わるとMCが出てきてそれまでネタをやった芸人たちを呼び込んでトークをする形式だった。

トーク。

考えてみれば僕はそれまでの人生、お客さんの前で「倉沢学」としてお話をしたことがなかった。何百回と舞台に立ち、人前で役として泣いたり笑ったり時に女の子とキスをしたり殴り合ったりはしたことがあったが、トークをしたことは、ただの一度もなかった。

完全に戸惑った。

このトークはこの先何年も僕にとって苦手意識の消えないものになるのだが、この時はまだ得手も不得手もなく、舞台上でのトークのことをお笑い用語で「平場」(ひらば)ということすら知らなかった。

とはいえ、また一つ新たな経験をして嬉しかった。

今は元カノの思い出よりも今カノの趣味の一つでも覚えた方が良いのだ。

セティとデビと僕はライブ会場を後にし、観に来てくれた他のツィンテルメンバーであるフェニとかあきさんと他のお客さんと酒を酌み交わし、あそこがどうだった、ここはどうだったなどと語り合った。演劇人はいつだって飲みながら語り合うんだ。

来月のマセキのオーディションライブはどんなネタをやろうか、などと話していた時に今回出演したデビが言った。

「次は俺、一旦休むわ」

彼は彼でお笑いライブというものを経て、色々と思う所があったのだろう。

演劇のお客さんとお笑いのお客さんの違いにも戸惑ったはずだ。

元々僕らは個々の役者集団だし無理に誘うこともあるまいと、次回のネタ見せは僕とセティの二人で受けることにした。僕たちは後先のことはあまり考えていなかったし、演劇にフラレたばかりの僕には乗り掛かった舟だったのだ。


マセキ芸能社の事務所ライブ、二度目のネタ見せ。

たしか医者か雪山遭難のネタだったかと思う。

先月と同じように公園でネタあわせをし会場で受付を済ませた時、マセキの若手担当チーフマネージャーらしき男性が近づいてきてこう言った。

「あれ? 君ら、二人になったの?」

「あ、はい。今回は二人で。」

「……今回は?」

「はい!」

「……ん? 何人組なの?」

「あ、本当は5人です!」

「……ん? ……え?」

「あ、はい! 5人組です!」

「……うーんと、一応ほら、オーディションライブだから、ウチへの所属を目指してる人のためのオーディションだから、毎回人数が変わるっていうのは……良くないかな、うん」

「……そうなんですか」


なぜそんなこともわからなかったんだろう。

僕たちは本当に何も知らなかった。


マネージャーさんに

「どうする? 今回は。受ける? やめとく?」


そう言われて、セティと顔を見合わせた。


「……受けます!」


お笑い「コンビ」ツィンテル誕生の瞬間だった。


(第十二話につづく)



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