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コントロード 第十二話「30からのお笑い芸人」

マセキ芸能社のライブにセティと二人で出てからは、ラ・ママ新人コント大会とマセキ芸能社のオーディションライブ「オリーブゴールド」の2本柱、そこでやるネタをブラッシュアップさせるためにお金を払って小さなお笑いライブに出るのが僕らの日課となった。

「俺ら、お笑い芸人みたいだね」

そう笑いながら新しく始めた活動を楽しんでいた。

数回のラ・ママ出演を終えたある日、セティから連絡があった。

「リーダーが呼んでる」

リーダーとは無論ラ・ママ新人コント大会主宰、コント赤信号の渡辺正行さんのことだ。リーダーが一体僕らに何用だろう、飲みに行くには早すぎる時間だし、と向かったのはリーダーの個人事務所のビルの一室だった。

「おう、わざわざ悪いね」

とリーダーに言われ席につくとおもむろにこう切り出された。

「君らはフリーなんだよね?」

「……はい」

「実はウチの事務所でも一組預かっている芸人がいるんだけど、今後増やしていこうと思ってる。もし良ければウチに来ないか?」

驚いた。

そんな話は当分ないと思ってお笑いの世界を覗いてみるつもりが、たったの数か月でこんなことになるとは。

「あ、ええ、そうですか……えっと」

その場で返答に困った僕はいつものように目でセティに促して求めた。

「お話はめちゃくちゃありがたいんですけど、僕らは5人組での活動もしていますし、今お笑いの世界を色々見ている最中で他の事務所ライブも受けたりしていますので少し考えさせて頂けないでしょうか。早い段階でお返事します」

2歳年下の生意気な男はなんやかんやで頼りになる。

ほんの15分ぐらいの時間だったが、快く了解してくれたリーダーに礼を言い事務所を出た。


「……どうする?」

「うん」

「……早いな」

「……だな」

「嬉しいけど」

「うん、とりあえず今月のマセキライブ終わったら考えよう。他のメンバーにも聞かないといけないし」

「だな」


それから数日が経ってどこか浮ついた気持ちで3度目のマセキライブに出演した。

僕らは俳優出身で、ネタの考え方も当時はまるでわからなかったのだが、お笑いのコントをやる以上まずはテレビでよく観る定番の設定のネタから作っていくことにしていた。

医者と患者だったり、雪山遭難のネタだったり。

当時の僕らのネタの作り方は設定だけを決めて、台本もなくアドリブでまずやってみる。演劇で言う「エチュード」である。どちらがツッコミもボケもなく、ボケを思いついた方が気ままにボケる。それをICレコーダーで録音する。何度か繰り返し、まずは僕が家で録音を聞いてざっくりとしたストーリーを作ってゆく。雪山のコントで言えば食料も無く凍死してしまうような状況で「もし俺が先に死んだら俺を食って生き延びろ」と友人に言われた男がすぐに食いたがる、というストーリーだ。そこに録音の中から使えそうなボケを盛り込んでゆく。そうしてできたものを一旦セティに渡し、セティがまたアイデアを足したり言いやすい言葉に変えて修正する。こんな感じだった。

この雪山のコントをライブでやる時はリアリティを出すために分厚い上着を着てリュックを背負ってやっていたので大変だった。さらに僕は演劇の大学出身でメイクも学んでいたため、ライブ前1週間は二人で髭を伸ばし、白いドウランでまつ毛と髭を凍って見えるようなメイクを施していた。僕にとっては造作もないことだったが、ライブに出るたびに他の芸人やスタッフから驚かれて、そもそもそのライブに出るために1週間髭を伸ばす、という神経がてんで理解されないようだった。もちろん今ならその理由はわかるが、当時は演劇という異なる世界からやってきた僕はそれをベースにしか物事が考えられなかったのだ。今思うと、そんな「異物感」がお笑いをやり始めた僕らの魅力でもあったのかもしれない。

マセキのライブに二人で何度か出てから数日が経ったある日、またセティから連絡があった。

「マセキさんが呼んでる」

なんだろう。

今度は、もしやこれは……と思ったが、他の芸人の話ではマセキに入るためには早くても半年、そうでなければ1年2年とかかるのが当たり前という噂だったので、自分の考えをかき消した。

なにか特別なライブでもやるのだろうか。それともなにか僕らのまずい情報でも見つかったのか?

もしかしてウチの親父が中野のキャバクラの常連だというのがバレたのか?

それともセティの実家に今どき信じられないほど時代錯誤なシャンデリアと白いグランドピアノがあることが問題になったんじゃないか?

色々な詮索をしたがわからないまま、港区のオフィス街へとやってきた。

初めて入るマセキ芸能社。

とある一室へと通され、かしこまる僕ら。

マネージャー、デスクの方、作家さんもいたように思う。

男性のチーフマネージャー嘉山さんがこう言った。

「君ら、今って、どこかから声かかってるの?」

「声というと、事務所からのお誘いということですか?」

「そう」

セティに目で促す。

「実は今、リーダーの事務所からお誘いを受けていまして」

すると嘉山マネージャーは

「ほらな、だと思ったんだよ」

と横にいるデスクの方に言った。

なんでもマセキ芸能社では最近若手担当が嘉山さんに代わり、これからは若手を増やして今まで以上にライブを盛り上げてゆこうと刷新したばかりなのだという。

「ほらな、だと思ったんだよ」

というのは、僕らは有望だから、きっとどこからか声がかかる、もしかしたらすでにそんな話があるかもしれないと考え、早い段階で一度話を聞こうということだった。

「リーダーのお話もありますので考えさせてください」

そうセティが言ってマセキのオフィスを後にした。


「……マジか」

「早いな」

「うん」

「……どうする?」

「……どうしよう」


信じられなかった。

役者時代に何度プロダクションにプロフィールを応募したところで相手にされなかった僕が、お笑いをかじってたったの3か月で2つのプロダクションから声がかかり、まるで両天秤にかけるように答えを待ってもらっている。


もしかして、僕たちは……面白いんじゃないか?


長すぎる不遇の時代を役者時代に経てきた僕らだ。浮かれてそう思ってしまうのも無理はなかった。

しかし、この時、倉沢学、齢二十九。

30からの転職、30からのダイエットなんてのはよく聞くが、

「30からのお笑い芸人」

というのはなかなかハードルが高い。正気の沙汰ではない。


どうする。

ともかくもまずは他のメンバーに相談だ。

キャバクラ通いの親父にも。(※今はもう行っていません)


(第十三話につづく)



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