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久保田寛子さんによる屹立する人物像の考察〜松本竣介および佐伯祐三の自画像との相同性

表題画像は、岡山市北区金山にある養蜂施設の花畑です。一面ブルーの花畑の中に、一株だけで突き抜けて咲いている花がありました。

この花の立ち姿に、既視感を覚えました。それは、久保田寛子さんによる屹立する人物の絵です。

久保田寛子・作 2020年 筆者蔵

愛らしい感じの人物が、少し緊張した面持ちで、地を踏みしめて、すくと立っています。

この作品から、松本竣介の「立てる像」が思い出されました。

松本竣介・作「立てる像」1) 1942年 神奈川県立近代美術館・蔵

松本竣介は、その短かった生涯のなかで、戦中・戦後の間(はざま)に画業に取り組みました。困難な社会・生活環境のなかで、洋画は西洋のモノマネあると流布されていた時代に、世界に通用する表現を追求しました。2)

「立てる像」は、戦中の昭和17年に二科展に出品された作品です。この絵について浅野1)は、画家は、仁王像のように力強く、いかめしく立っているが、自信に満ちて相手を圧倒しているようには感じられない。像全体から健気な初々しさを感じる、という主旨の批評をしており、筆者も共感を覚えました。

久保田さんの絵の人物にも、困難な状況に立ち向かうなかで、少し緊張しながらも、健気な初々しさを感じます。

久保田さんは、絵を描くときに対象となるモデルなしで、描かれるのだそうです。そして、絵の中の人物に無意識のうちに自分が投影されていることもあるのではないか、と言われます。ですので、この作品は、久保田さんの自画像と言えるかもしれません。

久保田さんが屹立する人物を描いた作品が、もう一点あります。

久保田寛子・作 2020年 筆者蔵

作品には、不思議な存在感のある人物が踊り場で佇んでいるのが描かれています。その立ち姿には、一本の芯が通った精神が感じられます。背景に垂直な構造物がフリーハンドで描かれ、屹立する人物の揺らぎない覚悟が強調されています。それは、定規を当てたような硬い真っ直ぐさではない、変化に適応する、しなやかな意志力です。

大阪中之島美術館では、開館1周年を記念して、「佐伯祐三ー自画像としての風景」(2023.4.15~6.25)が開催されています。会場では、多くの作品が撮影を許可されており、代表作「立てる自画像」も実物を撮影できました。

佐伯祐三・作「立てる自画像」3) 1924年 大阪中之島美術館・蔵

佐伯がパリ到着後、ブラマンクに作品を見せ、激しく否定されて挫折を味わい、独自の表現を模索する、画業の転換点に描かれた作品です。

作品は、顔が削り取られ表情を知ることができませんが、挫折を乗り越えようとし、苦しみに耐えながら変化を受け入れる、強靱な意志が感じられます。背景の木立も、自らの生命力で上へ伸び挙がろうとしています。

筆者の脳裏では、すぐに久保田さんの作品とリンクしました。

久保田さんは、現在、インスタグラムのフォロワー数が1万5千人を超える人気のイラストレータとして活躍されています。今は、力みのない楽しい作品を描かれていますが、2枚の立てる人物像から、紆余曲折を経てそこに至った、苦闘の日々が偲ばれました。


文献
1)浅野徹・解説:松本竣介. 新潮社, 1996, P40-41
2)森村泰昌・著:自画像のゆくえ. 光文社新書1028, 光文社, 2019, P555-565
3)高柳有紀子, 富田章, 小川知子 北廣麻貴・執筆:特別展 佐伯祐三ー自画像としての風景, 読売新聞大阪本社, 1923, P25

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