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どんらまさっさ

「大丈夫、ちゃんと電気も水道も連絡したから」

佳子は大学進学のため上京し、新しいアパートに越してきた。
もう引っ越しの作業はひと段落をし、心配性の母に報告を済ませたところだ。

あとはゆっくり荷ほどきをして、夕食の買い出しに行こう。
佳子は鼻歌を口ずさみながら段ボールを開けた。

ついつい漫画や思い出の品を見つけては手が止まる。
今も佳子は高校時代の色紙の寄せ書きを手に取って青春に想い馳せていたところだった。

「懐かしいなぁ、みんな元気かな」

せっかくなのでこれも部屋に飾ろうか。
いい場所がないかと殺風景な1Kの部屋をうろついている時だった。

突然ざわざわと不快な音がした。
例えるなら混雑している食堂であちこちから聞こえる人の話し声の様な感じだ。

外で誰かが話しているのかしら、と窓の外や玄関の覗き穴を確認したが、それらしき人は見当たらなかった。

「おかしいな」

佳子は首を傾げながら部屋に戻ると、再び不快な音が聞こえてくる。

それはだんだんと部屋の壁に近づくにつれ、大きくなっている様だった。

音の正体はどうやらこの壁の中から発生しているらしい。

「変なの、なにこれ」

佳子は不審に思い、耳を壁に近づけた。すると…







「どんらまさっさどんらまさっさ」









壁の中から複数人の声で「どんらまさっさ」と聞こえる。一体なぜ…?



ーーおかしい。不動産屋によると佳子の越してきたこの部屋とその隣は空室のはずだ。


耳を離すと音は遠ざかっていく。
佳子はちょっぴり面白くなってきてしまい、もう一度耳をーー今度はぴったりと壁にくっつけて聞いてみた。







すると、音がしなくなった。しん…と静寂が響き渡るだけだ。

「あれ、おかしいなぁ」







佳子はもう一度目を瞑り、壁に耳を澄ました。するとーー








「ドン!」









ーーと、突然耳元で反対側から壁を大きく叩きつける音がした。

驚いて思わずきゃっと悲鳴をあげ、退けぞる。

一瞬何が起こったかわからなかった。

だが、心臓がはち切れそうになるほどバクバクと鼓動しているのを感じた。


佳子は恐ろしくなり、慌てて部屋から飛び出た。

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