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悩みながら一年、そして模索は続く

私の経歴はちょっと捻くれている。幼いころから眼鏡をかけて「ハカセ」と呼ばれ、見た目に違わず成績優秀、現役で医学部に入ったところまでは世間的にも順調な経過を辿ってきたのであるが、このあたりから少々コントロールが効かなくなり、気づけば大学を休学して博士課程まで行ってしまった。そのぶん周りより三年ほど遅れて臨床実習を始めることとなった。ちょうど一年前のことである。もともとの同期はもうみんな医者をやっている。学生時代の様子とは打って変わってカッコいい姿を見せてくれるやつも多い。いつの間にか先を行かれた寂寥感。

もちろん、私自身にも、三年間の博士課程を通して(青年期の人間的成熟も相俟って)学術的・社会的スキルを高めてきた自負がある。そのスキルを活かして日々の実習はかなり有意義に過ごしてきた。CBT・OSCEから三年間のブランクがあるとはいえ、周囲より長い教育歴の為せる業で「ちょっと優秀な医学生」として振舞うくらいのことは簡単にできる(もちろんいつもちゃんとできるわけではないけれども、大勢としては悪くなかったと思う)。しかし、臨床実習は一人でやるものではない。四年生や五年生の班員たちとともに、先生方とコミュニケーションをとりながら学ぶものである。こういう人間関係を考慮すれば、私のような珍奇な身分は難儀なものである。

実習が始まる前から、新しい学年のなかでの立ち居振る舞いについては相当悩んでいた。留年したわけでもないのに、自分より三つも若い学年のメンバーと一緒に実習を回ることになるのである。「もともとの同期のなかでもオッサンくさかった俺が、さらに三年も若いメンバーに囲まれたら、存在自体がオッサンハラスメントになりはしないだろうか」と震えていた。蓋を開けてみれば、私はほんとうに班員に恵まれて、みんな良くしてくれた。カリキュラムの都合上、私は二つの学年の班を渡り歩いた。最初の班では全く同学年の横並び一線という気分でやらせてもらった。さらに一つ下の学年と班を組む頃には、私にもいくらか余裕が出てきて、あえてチューターのように振舞ったところもある。どれくらいうまくいったかどうかは私の判断するところではないけれども、思ったより随分仲良くやれて楽しかった。

先生方の立場からみれば、私たち実習生の出来なんて正直目くそ鼻くそだろう。時には過分な評価を受けることもあるが、それは目くそ鼻くそベースの評価であって、もともとの同期が研修医として力をつけている様子を横目にみていると、かえって心苦しさすら覚える。とはいえ、偉い先生から「おまえはポスドクなのだから研修医レベルのレポートなんて書いちゃいけない」などと身に余る期待を寄せられた日には目が泳ぐ。やっぱり程々に褒められているくらいが気分が良い。しかしあんまり独りよがりに褒められると、周りの相対評価を引き下げるおそれがある。これは好ましいことではない。班全体として評価が上がるように工夫してやるのが一番良い。

私はなんだかんだ真面目に臨床実習に取り組んできたつもりでいる。しかし人生はそれだけではない。こうみえて何かと手広くやっている。もちろん研究は続けている(去年は3報出して、新しいテーマにも手を付けている)。新たに社会福祉士の専門学校にも通い始め、月々の課題やスクーリング、実習などを含めて、何とか頑張っている。某若手研究者の会をはじめ諸々の勉強会の運営にも取り組んでいる。趣味の茶道も高じて、昨年は中級の許状をもらい、人前でお茶を点てる機会も何度か頂いた。日々の遊びも欠かさないのが信条だ。そういう事情だから、あまり無暗に医学の勉強ばかりやっているわけではない。とにかく効率よくやってきた。どの診療科でも、教科書とレジデントマニュアルだけはざっくり一読しておいて、必要に応じてガイドラインにも目を通しておく。それ以上のことは敢えてやらない。それでもわからないことは下手に調べようとせず、すべて実習中に先生に確認するのである。そういう心構えで集中して取り組んでいると、結果的に、大変まじめに実習しているというアピールになる。しかも、こういう方法であれば班員とも学びを共有しやすい。積極的に取り組む雰囲気づくりに貢献することまでできれば万々歳である。「ひとりだけ異様に熱心で迷惑」といった雰囲気は避けたいところだが、幸い班員一同結構ノリノリで、先生方から「これまでになく積極的な班である」と評されたことは数知れない。やっぱりメンバーに恵まれたのだ。

今週、ようやく一年間の必修スケジュールが終わった。大学病院を中心に、実に30以上の診療科をローテーションしてきたのである。来週から選択実習が始まる。班を組んで行動するのは必修の期間だけで、このあとは一人ひとりが好き勝手に回ることになる。私の場合は、思うがままに選んだ結果、学外の慣れない環境を巡り歩くことになった。国境すら越えることがある。来週からはインドネシアで実習することになっている!こうなると、もう悩みの種類が全然違う。無事に生き抜けるかどうかがすべてで、実習の方法論や細やかな人間関係に気を配る余裕なんてないだろう。こうも気分が変わると、必修スケジュールが一段落したことへの感慨が深まる。

必修スケジュールのなかで学んだことは多い。各診療科の臨床的知見を蓄積するに留まらず、臨床の現場における先生方とのコミュニケーションを通して広く興味が深まり、モチベーションの高まる日々であった。たとえば、私はすっかり内科系の人間だと自認していたが、意外と外科が面白いことが分かってきた。相乗効果で知識が増え、理解が深まったこともある。また、カンファレンスをよく聞き、提示されるカルテを一つひとつ熟読しているうちに、医学的な事柄に加えて、県内・市内の医療体制に関するローカルな知識も随分増えて、一年前とは比較にならないほど包括的かつ具体的なイメージが湧くようになってきた。選択実習では自分の興味による偏りが出ることは避けられないから、必修期間のローテーションを通して得られたバランスの良い学びは案外ユニークなものである。視点を変えれば、この一年間の諸々の悩みは必修期間のユニークさゆえのものであり、むしろ悩みながら努力したからこそ多面的な学びを得ることができたのだとも思う。

この一年間の私は、はっきり言えば、いつも目の前のことで手一杯だった。そして恐らく今後も当面そういう日々が続く。私はハードワークは嫌いではないが、それによって視野狭窄になることは避けたい。気構えと見識は高く持ちたい。内省を心掛けることは一つの方法になるだろう。必修ローテーションを終えた感慨に浸ることが許されるのも束の間、この週末は選択実習の日々をどのように過ごすべきか悩むことになる。結局のところ、誰しも悩みながら頑張るしかない。きっと模索してこそ身につくものがあるのだ。


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