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憲法記念日、夜更けの読書

日本国憲法は1947年5月3日に施行され、この日は国民の祝日となっている。今日がまさにその日であるが、最高裁判所の長官会見、各党による談話など、憲法にまつわるニュースも多く目につく。同時代的に考えるべきことが沢山あるなかで、落ち着いて学ぶべきことも多い。もちろん、みんなで難しい基本書を読む必要はないけれども、憲法の前文ないし条文に書き込まれた理念に留まることなく、その背景や運用の実際について検討する機会はあってもよい。せっかくのゴールデンウィークで時間もあるので、なにか勉強してみようと思い立った。しばらく法学には触っていなかったので、あえて分厚い教科書を読み直すほどの元気はなかったが、講義録であればさらりと読める。岩波セミナーブックスより、先ほど読み返した二冊のテキストを紹介する。

芦部信喜『憲法判例を読む』岩波書店, 1987

第一講 違憲審査制の特色
第二講 人権総論Ⅰ
第三講 人権総論Ⅱ
第四講 包括的基本権と平等原則の判例
第五講 精神活動の自由の判例
第六講 経済的自由・社会権の判例

いわずと知れた憲法学の泰斗による講義録。芦部『憲法』は今でも司法試験の基本書のスタンダードである。本書は憲法判例ないし憲法訴訟論の入門書であって、必ずしも憲法そのものの概説書ではない。第一講「違憲審査制の特色」から説き起こし、憲法と権利との関係性と、そのことに関する学説や裁判所の判断について、基本的なところから、しかしかなり高度な段階まで説明している。あるいは、「二重の基準」の理論に関する芦部説の最もわかりやすい解説書といってよいだろう(二重の基準の学説及び判例に関する有名な図解の出典でもある)。いささか古いことは確かである。有名なところでは、1973年の尊属殺重罰規定違憲判決や1978年のマクリーン事件判決が半ば同時代的に語られている様、1995年の刑法改正が反映されていない様など、むしろ驚かされる。私たちはより新しい事例や理論にも触れておくべきである。しかし、芦部説に至るまでの憲法学の積み重ねを再確認することの意義は損なわれない。本書の記述は法学に全く馴染みのない方には少し難しいかもしれないが、その内容からして、これからも広く読まれるべき本と思う。

樋口陽一『もういちど憲法を読む』岩波書店, 1992

第一回 文明としての憲法
第二回 「人権」という言葉の重み
第三回 みんなで決めること、みんなで決めてはいけないこと
第四回 国際社会に向けての日本国憲法のメッセージ

樋口先生は比較憲法学の大家である。本年三月、勁草書房から樋口憲法の十四年ぶりの改訂版が刊行され、話題になった。

このことが契機となって樋口先生のお名前を思い出し、岩波セミナーブックス『もういちど憲法を読む』を手に取った。先ほど紹介した芦部先生のセミナーは東大法学部を退官後に行われたものであったが、本書に記録されている樋口先生のセミナーは在任中に行われている。この間5年、日本では昭和から平成へと時代が移り、世界ではソ連崩壊や湾岸戦争など、とにかく激動の時代であった。ある種のメッセージを発信することへの責任感のようなものがあったのかもしれない。芦部先生のご講演が憲法事件の取り扱いを中心としたものであったのに対して、樋口先生はむしろ、憲法思想史や世界史へと目を向けて、大きな視座をもって憲法と社会との関係性を論じようという態度である。当時の同時代的問題意識のもとに碩学が何を語ったか、30年経ってなお読み応えのある講義録であった。

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