切れ痔レビュー
ルームシェアをしている友人は、自分が患った切れ痔にレビューを書いている。
評価は大抵☆1で、時々、☆2がある。
レビューは、LINEに投稿される。参加者が友人と私だけのグループだ。私たちはこのグループを半分壁打ちのように使っていて、日頃考えた下らないこととか、美味しいご飯のこととか、そういうことを投稿している。
互いに反応することもあれば、反応しないこともある。既読スルーが基本で、心が動かされれば、スタンプやコメントを投げる。
友人の切れ痔レビューは、ルームシェアを初めて二年目くらいから始まった。
大学時代から、切れ痔を患っていることは聞いていたのだが、まさかレビューを書き始めるとは思ってもみなかった。
彼女のレビューは言葉だけで、特に画像はなかった。でも、普段のテキトウな投稿に比べて、異様に熱量が籠っているように感じた。
因みに、記念すべき初めての切れ痔レビューは☆1だった。
痛すぎる。思わずトイレの中で悲鳴を上げてしまった。医者に行って薬も貰っているのに、定期的に来るこの痛みis何? 私はお尻に喧嘩を売られているのか? 今日は酸化マグネシウムを三つ一気に飲む予定。勿論、軟膏も塗る。切れ痔の後の便器の中は、鮮血に塗れていた。吸血鬼なら「綺麗な血だね」と褒めてくれるだろうか? 私は「汚ねぇ」としか思わなかった。☆1
彼女はレビューの星を最後に投げる。それが癖であるらしく、例えば食べたお店をレビュー形式で評価する際も、最後に☆3とか☆4と星を投げる。そのやり方が、切れ痔のレビューにも反映されているのだ。
切れ痔のレビューがLINEに投げられると、私はついつい反応してしまう。
私は別に切れ痔持ちではないのだが、友人のレビュー内容が読み物として面白く、いつも心を揺さぶられてしまうので、どうしてもコメントせずにはいられないのだ。
とは言っても、大抵は「大丈夫?」スタンプとか、「よしよし」スタンプとか、そういうのを投げるか、「医者には行った?」などの心配するコメントを付けるだけなのだが。
何と言えばいいのだろうか、心が揺さぶられ過ぎると、人間は「いい……」とか「面白い……」という感想しか出て来ない生き物だと思っていて、彼女の切れ痔レビューに対しても、同じような感想しか浮かばないのだ。
だが、切れ痔によって真剣に痛い思いをしている人に対して「いい……」とか「面白い……」などとLINEを送った日には、確実に宣戦布告と取られるだろう。だから、私は「大丈夫?」スタンプとか「医者には行った?」といったコメントをつけることで、「いい……」とか「面白い……」という気持ちを表現しているのである。
友人の切れ痔レビューには、稀に☆2が出現することがある。例えばこんな感じ。
今日も切れ痔。けれど、思った以上に痛くはなかった。この「思った以上」というのは、便器を汚している鮮血の物凄さに比べて、お尻の痛みが酷くはなかったということ。痛いことは痛いんだ。ただ、嬉しいことに違いはない。いや、痛いんだけど、いつもよりは痛くない、いつもよりはマシということ。切れ痔の痛みって、人生の痛みの相似形なのかもしれない。急に痛みが襲って来るところとか、予想できない痛みの度合いとか。やっぱり似ているんだと思う。酸化マグネシウムは2つで十分かもしれない。後は、軟膏の残量がどれだけあるか、水をどれだけ忘れずに飲み続けられるか。それが問題だ。☆2
☆2のレビューがつく可能性が高いのは「思った以上」とか「予想外に」といった表現がつく場合だ。勿論、「思った以上」に又は「予想外に」痛かった場合は、☆1になるのだが、それが痛くなさに焦点があてられた時に、☆2という奇跡が生まれるのである。
私は友人とルームシェアをして今年で七年になるが、彼女の切れ痔レビューを観測し始めてから、☆2はまだ三回しか見たことがない。非常に貴重なレビューだと言える。
☆2のレビューが投稿された時も、私の反応はあまり変わらない。「大丈夫?」や「よしよし」スタンプ、あるいは「医者には行った?」コメントがグループ内を飛ぶことになる。
まあ、☆2とは言え、切れ痔は切れ痔だ。「いい……」とか「面白い……」は勿論、「☆2なら良かったじゃん!」とか「ラッキーラッキー☆☆」とか送ったら、やっぱり戦いが始まってしまうに違いない。
切れ痔レビューへの反応は、気遣いと自分の気持ちとのせめぎ合いなのだ。しかも、その思いは、友人本人には一ミクロンも伝わらない類のものである。だから、私の中では、大いなる葛藤が切れ痔レビューを読むたびに生まれているのだが、これはまた別の話。
ところで、友人の切れ痔レビューには☆2までしか存在しない。じゃあ、☆3以上の切れ痔は存在しないのだろうかと、そういうことが、ある日、急に気になってしまった。
私は気になることがあると、直接相手に尋ねてしまう性分で、この時も、テレビを見ながらアイスを食べている友人の肩をツンツンして、こう尋ねていたのだった。
「ねぇ、切れ痔レビューってさ、☆3以上はないの?」
友人は一瞬フリーズしたようだった。瞳の中に、驚きとほんの僅かな喜びを見て取れたような気がした。
けれど、すぐに彼女の表情は元に戻った。
「☆3はないよ。それって、切れ痔がない普通の状態だから」
彼女はそれだけ言うと、再びテレビを見ながらアイスを食べるという、マルチタスク事業へと戻って行った。
ああ、この子にとって、普通の状態って☆3なんだ。
切れ痔レビューに☆2以上が存在しないという事実よりも、そんなことが印象に残った。多分、友人の人生観のようなものが薄らと見えたからかもしれない。
今でも、友人は切れ痔レビューをLINEに投稿し続けている。相変わらず、☆1が基本で、最近☆2は全く見ない。
切れ痔レビューが投稿されると、私はいつものように、スタンプやコメントを投稿する。
彼女の人生が早く☆3に戻れますようにと、祈りながら。