風の巫女

 風の声を聞くことができるので、娘は危険な土地でも安心して歩むことができた。
 風たちは、吹き方や音、あるいは温湿度によって、様々な情報を娘に与えた。この先には山賊がいる、安全な宿屋がある、道が壊れていて通れないなど、娘が知りたいと思う情報を、いち早く教えてくれるのだった。
 娘の耳の中には、風の紋様が刻まれていた。
 幼いころ、捨て子であった彼女を預かった風の司祭が、巫女として困らないように施したものであった。
 お陰で、娘は風の声を聞くことができたし、風たちが仕える女神プラマーの考え方を、他ならぬ風たちから懇切丁寧に教えてもらうこともできたのだった。
 こうして、捨て子であった少女は長じて風の巫女となったのである。

 風の巫女は、鶯色の長衣を着し、両手両足にペリドットの石輪を嵌めている。
 緑は風の女神プラマーの象徴色であり、また、他の旅巫女と風の巫女を識別する目印ともなるのだった。
 風の巫女は、旅巫女であることを宿命づけられている。風があらゆる場所に吹き渡るかのように、世界の隅々までも旅をして、風に対する信仰を広めるのである。
 また、他の旅巫女の多くがエニシダの杖をつくのに対して、風の巫女は杖を持つことは禁じられていた。杖は大地に自身を縛り付ける呪物であり、それは大地の上を吹き渡る風とは相容れぬものだからだ。
 実際、風の巫女には風の加護が与えられており、どれだけ険しい場所でも杖なしで軽やかに旅ができるのだった。

 風の巫女の最期については、詳細はわからない。
 ただ、彼女が山で道に迷い、野獣によって食い殺されたということだけが、古老の口から伝わるのみなのである。
 風たちによって安全な場所へと導かれ続けていたはずの娘が、どうして道に迷い、野獣の餌食となったのか。
 その段になると、古老たちは一斉に口を閉ざす。
 ただ、一人だけ、密やかに教えてくれた老婆によれば、巫女は旅の途中で風に反旗を翻したのだという。
 「風は強風となり街を壊すこともあります。風の巫女はそれをも女神の定めと受け入れなければならなかった。ですが、あの巫女はそれを受け入れられなかったのです」
 巫女は禁忌とされる風鎮めの呪言を唱え街を救い、自身は死地へと赴いたのだ。

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