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絶対的幸福で生きていますか

世の中の常識や、
共通している価値観は
いつからあるものなのでしょう。


最初に誰が考え、
どうやって広く浸透していったのでしょう。


若い頃は、疑問に思っていました。

でも、年齢を重ねるごとに
疑問に思うこともなく、


受け入れるようになっていきます。


まわりの人たちに合わせないと、
恥をかくことになるからです。


冠婚葬祭は相場というものがあります。
収入が少ない時や、出費が多いときなど、


相場を用意することができなくて、
困ったことがありました。


ご祝儀が少なかったから、出産祝いに
上乗せしてもらいたい。
そう言われて、ガッカリしたことが
ありました。


子の将来を考え、
進路に口を出したことも
あります。


進路を変えさせたこと、
おろかな母でした。ごめんなさい。


常識や価値観に縛られていなければ、
他人の目を気にすることなく、


もっと自由にのびのびと育てることが
できたのに。



自分で考え、自分で判断していると
思っていましたが、


ふりかえって考えてみると、

人目を気にしていたことが
よーくわかります。


相対的幸福って知ってますか?
人と比べて、優劣をつけて

自分が幸せかどうか
判断することです。



私自身も、子どもたちへも
人の目を気にして、行動を制限したり


どれだけの芽をつみとってきたことでしょう。
ほんとうにもったいないですね。



洗脳されていたのです。



時が巻き戻せるのなら、やり直したいです。
人の目を気にしない、比べない、


自分が幸せなのか、
そうでないのかで判断する絶対的幸福で子を育てます。


多くの人が、洗脳されていることに気づかずに
芽をつみとっているのです。


もっと楽しくのびやかに生きられるのに、
きゅうくつで、つまらない毎日を生きている。


学校はたしかに、個性をつぶす教育をしていました。


美術の授業で、
手本通りに版画を制作するよう指示があり、


手本と違っていたら点数はつけないと、
教師は言ったのです。

出来上がったのは、皆同じ版画。没個性。


漢字の練習では、まるまる1ページに同じ文字を
繰り返し書かされました。
もう覚えた、と言っても

同じ文字を何十回も、、
とにかく書かされましたね。

今思えば、あれは漢字の練習ではなく、
忍耐の訓練だったのだと思えるのです。

文章がまとまらないのですが、
これで終わります。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

応援いただきまして、ありがとうございます。