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【7日目】わかる・わからない・わからせる話【100日後に意思を持つ石】《最終回》

店長:こんにちは、石。
石 :どうも。
店長:突然ですが今日で最終回です。
石 :1日目から197日が経過して、そのうちエッセイ書けたのは7日分だったね……。
店長:いや〜、100回分くらい書けるかなと思ったけど甘かったね!立春にはじめて、いつのまにか立秋も過ぎてしまったので、まぁここで一区切りということで。

石 :最終回は何について話すの?
店長:「わからないこと」の価値について話したいかなぁ。
石 :わからないこと?
店長:うん。まぁ、既に指摘してる識者もたくさんいるから今更感はあるけど、最近特に気になってる。「わかりやすいこと」ばかりが良しとされていないかなって。
石 :わかりにくいよりは、わかりやすい方がよくない?
店長:そりゃ、説明書とか買い物メモとかはわかりやすい方がいいと思うよ。でも、世の中わかりやすいことばかりじゃないと思うんだよね。わからないものを、わからないものとしてそのまま受け止める、ということも大事なんじゃないかって。
石 :単純化とか、二項対立の罠とか、そういう話?
店長:そういう面もあると思う。ただ、もっと漠然と、根源的に……「わからないと言ってはいけない」プレッシャーみたいなものがあるような気がする。本当は、安直に「わかった」と言ってしまうことより、真摯に向き合って「わからない」と認めることにも価値があるはずなんだけどね。

石 :何か、わかるとかわからないということについて思い当たるような事があったの?
店長:気になったのはSNSかなぁ。災害、感染症、戦争、選挙……。混乱時って、デマも出てくるし意見の対立も出てくる。
石 :繰り返されてるよね。
店長:それで気付いたんだけど、Aという意見とBという意見が対立するとき、お互いが「相手を無知な存在」に見立てて、「わからせよう」とするんだよね。
石 :あー、A派がB派に反対するのは、A派がBについて理解できていないからだ、みたいな?
店長:うん。どんな主義主張にも、理論や価値観があったりする。Aという主張がたとえ支持者以外からはトンデモないように見えても、Aを主張している人は、たしかにAについては詳しいんだよね。で、A派の人はいかにAについてわからせるか、B派の人はいかにBについてわからせるか、っていう態度になる。
石 :”理解(わか)らせ合い”になるのか。
店長:そうそう、そういうこと。で、わからせ合戦において「わかりやすさ」はますます重要視されてくる。世の中が「わかりやすいもの」で溢れていくのって、一見良いことのように見えるからこそ、なんか怖いんだよね。

石 :店長としては、そういう流れの中で何かやっていきたいこととかがあるの?
店長:やっぱり、わかりにくいことを大事にしていきたいっていうのはある。大切さとか、良さとか、必要性とか、そういうのが一見わかりにくいけど、切り捨ててはいけないようなもの……。いや、既にこの文章がわかりにくいんだけども!
石 :オーナーからは「謎石エッセイ」って言われてるしね。
店長:うん、いいのよ、謎で。正直誰が読んでるのかも、読んでどうなるかもわからないけど、書いて投げてる。でも、たま〜に「石エッセイ読んでます!面白かったです!」って言ってくれる人もいるのよ。それで良かったなと思ってる。小瓶に入れた手紙みたいなエッセイだから。
石 :『海月堂』のお店とも関係があるの?
店長:そうだなぁ。お店でも、わかりにくい部分も大事にしていきたいですね。
石 :それお店として大丈夫なの……?
店長:いや、わからない部分だけだと意味不明のお店になっちゃうけど。わかりやすいコンテンツも置きつつ、「なんだかよくわからないもの」の居場所も大事にしていきたいなぁ、と思います。

というわけで、今回で最終回ということにします。意思をもつ石ってサブタイトルにしたけど、果たして石は意思を持ったのでしょうか。

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店長&石

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