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破壊と再生

久々に、行きたくなり、仙酔島へ。

ここは、パワースポットと呼ばれる場所。

岩場のエネルギーや、穏やかな瀬戸内の海を見ながら、のんびり散策。

タイトルの画像は、岩場の間からの写真。

仙酔島は、自分を見つめる時間を過ごす場所なような氣もする。

最近は、自分という素材を改めて見直す、感じ直す時間を取っていて、
仙酔島でも、自分を空っぽにしてぼーっとする時間を過ごしてから、いろんなことに氣付いた感じがある。

2年くらい前に、月に1度ハーブテントというものに入りに行っていて、
そこのセラピストさんがホロスコープを勉強されてる方で、毎回、自分の1ヶ月をシェアしながら、見てもらっていた時期があった。
そこでよく言ってもらっていたことが
「かなさんは星を活かしているから、こういう流れが起こるんですね」
ということ。
星を活かす=自分の素材を活かすというふうに理解していた私だった。
その時期って、切り取ったらうまくいってないようなことも
流れで見たら、助けてくださる方が現れたり、いい方向に進むきっかけになる出来事があったりしていた。

そのことをすっかり忘れていて、なんだか、いろんな出来事があって、自分の素材を隠したり、出さないようにしていたりすることも増えていたことに氣付いた。

最近、自分の素材というテーマでいろんな角度から見直していて、
「そっか、これ、自分の持ち味だったな」というものをたくさん思い出している感覚。

からの、今日はやたら「破壊と再生」という言葉が目に入る。

自分がやりたいこと、目指して行きたいこと、最近感じてることをつらつらノートに綴りながら、ホロスコープを調べていたら。。。

自分がやりたいことは、自分の星座のテーマそのものだったという衝撃。
「この星のものとに生まれてくる」ってこういうことなのかな。。。と思ったくらいびっくり。

それから、本当にたくさん、自分の熱量を薄めて過ごしていたことに氣付き、愕然とした。

それは、自分を守るためだったり、相手を傷つけたくないっていう思いからだったりしたのだけれど、
本当の思いって、そこじゃなかった。

相手を本当に思うって?
本当に優しいって?

自分がしたいことって、今の自分がしていることじゃなくて、傷つきながらでも、過去の自分がやってきたことだったかも。
今まで失敗だったって思ったことが、そうではなかったかも。

自分の中で、一番ネックになっていた出来事も、やり方はもっとあったはずだと思うけど、その時の氣持ちに後悔はない。

覚悟も責任もたくさん背負ってきた。

けど、しんどさから、逃げてた自分に氣付いた。

同時に、他人や外側に、自分の幸せも委ねるようになっていたことにも氣付いた。

逃げることも大事だけれど、
向き合わないといけないことからは目を背けてはダメだったな。

「もうその手段で自分を守る必要はないのだね。」

今日話した友達に言われた言葉が刺さった。

今この瞬間、幸せであると決めるっていう言葉も、
こういうことだったのかもしれないって思えた。

破壊と再生。

自分のいろんなものが崩壊している感覚。

もう、笑うしかない感じ。

仙酔島のエネルギーなのか、なんなのか。。。

不思議です。

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