見出し画像

[ことばとこころの言語学・13]マホガニー製の机の上には、一輪のバラの花がアールデコ調の花瓶に活けられており、椅子は子供用のものが一脚、そして残りの三つにはキルトのクッションが置かれています。

わたしたちは現実に自分の経験や知覚を<ことば>で表すことができるでしょうか?大きな段ボールを抱えた人が私たちの方に向かってくる場面を想像して下さい。その人は前がよく見えていません。そして、その人目の前に机があります。そんなとき

「ここに机があります。気をつけて下さい」

といったりします。そうすると、この表現は現実の事柄が<ことば>で描写されていると考えてもよさそうです。

しかし、「ここに机があります」と言った場合、どのような種類の机で(木でできている、スチール製、ガラス製など)、大きさはどれぐらいか、他に椅子はあるのか、机の上には何も置かれていないのか、理解することができません。

では、同じ状況で

「マホガニー製の机の上には、バラの花が一輪、アールデコ調の花瓶に活けられており、椅子は子供用のものが一脚、そして残りの三つにはキルトのクッションが置かれています。気をつけてください」

ということはあまり私たちは言いません。

そこで、机の上にはいろんなものが置かれているにも関わらず、私たちは「ここに机があります」と言うのかについて考えておかなければならないと思います。

<ことば>は世界を話し手の視点から、話し手が状況に応じて切り取り、話しての解釈を通して伝えられる、と考えておきましょう。ここで「状況に応じて切り取り」というのは次のように考えておいてください。「相手にこう言えばうまく伝わる」とか「今は、このことは言わない方がいいだろう」とか「この場面ではこう言った方がいいだろう」など状況に応じて、わたしたちは何か表現をしているのです。

部屋に5人も来ていた。

部屋の中に5人いるという状況(世界)を話し手は伝えているのですが、「5人も」という表現で「期待しているよりも多くの人数が来ている」つまり、話し手はこの部屋に来るのは5人よりももっと少ない人数を想定していたということがわかります。

つまり、ここで考えておかなければならないことは、<ことば>では現実世界を的確にまんべんなく描写するのはとても難しく、常に話し手の視点から描写されているのです。話し手が意識的に、または無意識的に現実世界を切り取った結果が<ことば>となっているのです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?