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私の音世界は

片耳難聴を題材にした10分シナリオです。
筆者自身が片耳難聴であり(左耳、感音性難聴)、今年社会人2年目です。
社会人1年目、学生時代は一人や自分のことを知っている人と過ごせていた人物が、片耳の音世界で他人とかかわりを持つ最初の物語です。
尚、主人公は片耳難聴にマイナスな感覚を持っておりません。
この物語は片耳難聴を周囲に開示することも、しないこともどちらを支持するものではありません。ご理解の程よろしくお願いいたします。

人物
高坂絵里(22) SE
堀家楓(22) 書店員
河邨知野(32) SE
社員

〇大通り(朝)
   スーツ姿の高坂絵里(22)がぎこちない様子で歩いている。
   絵里の後方から堀家楓(22)の声
楓の声「絵里!」
   絵里、ハッとし、立ち止まり、慌てた様子で周りを見渡す。
   絵里の後ろ姿。
楓の声「右後ろ!」
   絵里、声に反応し、振り向く。
   笑顔の楓が、小さく手を振っている。
   絵里、満面の笑顔になり、
絵里「楓ー!」
   絵里、楓の傍に駆け寄る。楓の左側に並び、歩き出す。
   絵里、楓、歩きながら会話。
楓「絵里も今日が初出勤?」
絵里「そう!」
楓「おおー! まだまだぎこちないスーツ姿がまぶしいねぇ」
   絵里、恥ずかしげに笑う。
絵里「楓は? そっか、本屋さんだからスーツじゃなくていいのか!」
楓「そうなんだよねー」
   笑いあう絵里と楓。
   絵里の音世界。笑顔の楓が何か口を動かしているが、周りの音に紛れて聞こえづらい。
楓「……でさ、……じゃない?」
   絵里、一瞬考えた後、まっすぐ前を見て、右耳を楓の方に向き、
絵里「ん? ごめんもっかい言って?」
   楓、話す。絵里の音世界。周りの音に紛れて聞こえづらい。
楓「……でさ、……へんじゃな……?」
   絵里、一瞬考え、楓に顔を向け、
絵里「うん!」
   笑顔の絵里、困った表情の楓。
楓「絵里、ちゃんと聞こえてなかったでしょ?」
   苦笑いをする絵里。
絵里「いやぁ、何か聞かれたことはわかったんだけど……」
   楓、呆れた表情になり、立ち止まる。絵里、止まる。
   楓、絵里の右耳に口を寄せ、
   絵里の音世界。楓の声がはっきりと聞こえる。
楓「だから、私には気を使わなくていいんだってば!」
   絵里、驚いた表情で、楓を見る。
楓「私は、聞き返してくれたら何回でも話すし、絵里が聞くのに集中するために目を見なくても嫌じゃない。基本的には絵里の右側にいるし、何かの拍子に右左逆になっちゃっても、体を反転して聞こうとする絵里の聞き方を変だとは思わない」
   楓、歩き出す。
   絵里、慌てて追いかける。絵里、追いつき、恥ずかし気に
絵里「ありがと……」
   楓、絵里の様子を横目で見て、
楓「ねぇ、そのこと、職場には言ったの?」
   絵里、不思議そうな目で楓を見、
絵里「そのことって?」
楓「耳のことだよ!」
   絵里、さも当然かのように、
絵里「言ってないよ?」
   驚きの表情で絵里を見る楓。
楓「マジ?」
絵里「当たり前! 別に片耳聞こえないぐらいなんてことないし、(声が小さくなる)……話しても、そんなこと、って言われそうだし」
   楓、絵里の前に立ち、目を見つめて、
楓「今まで絵里は他人と必要以上に関わろうとしてこなかった。私とか知ってる人と以外は全然。だから、そんなのんきなんだ」
   絵里、驚きの表情で楓を見る。ぎこちない笑顔に変わり、
絵里「大げさ……それに、今まで片耳だからってそんなに苦労してないしね? 別に言いたくなくて言わないわけじゃないし……。聞かれたら普通に言うし」
楓「……わかった。でも、何か困ったら相談して。どんな仕事でも人とは関わらなきゃいけない。人と話すのが大変だからって関わらないっていう選択肢はないからね」
絵里「でもSEだよ? 基本的にはパソコン触ってるし、まあ、座席が右端だったら他の人と話すのちょっと大変だけど……」
   楓、大きく息を吐き、笑顔で、
楓「りょーかい。応援してる」
   絵里、笑顔になり、
絵里「ん! 楓のことも応援してる!」
   楓、絵里の右側に立ち、
楓「絵里ここから乗るんでしょ?」
   数歩先に地下鉄の入口。
絵里「そう! ありがと楓!」
   絵里、笑顔で楓に手を振り、少し慌てて地下鉄の入口に向かう。
   絵里に手を振りながら、少し心配そうに手を振る楓。

〇ソーケヒウ株式会社
   河邨知野(32)が笑顔で室内右端のデスクを指している。
   柔和な顔、少しこもった声。スーツ姿。周りには数十人の社員が仕事をしている。
河邨「あちらが、高坂さんの席です」
   少し顔が引きつった絵里の表情。
絵里「あ、かしこまりました!」
絵里の心の声「まじかー……右端中の右端ひいちゃった……」
   河邨、絵里の席へ向かう。
   絵里、河邨の後ろをついていく。
河邨「どうぞ」
   絵里、促され、右端の席に座り、足元に鞄を置く。
   河邨、絵里の左隣の席に座る。
   絵里の音世界。河邨、にこやかに話し始めるも、聞こえづらい。
河邨「ここ……僕の席……なので、いつでも……」
   絵里、河邨の顔を見ているが、少し困った表情。
絵里の心の声「なんて言ってんだー……ただでさえ左側の上、河邨さんの声聞こえづらい……体ねじりたい! ってか、左側に行かせて!」
   河邨の口が止まる。絵里、少し焦った様子で、
絵里「あ、はい!」
   河邨、笑顔で頷く。河邨、パソコンを取り出し、絵里の前に置く。
   絵里の音世界。
河邨「……高坂さんの……今から……に沿って……っていうところが……」
   絵里、必死に河邨の手元を見る。
   河邨、書類を取り出し、指し示す。
   絵里、河邨の手が止まったことに気付き、河邨を見上げ、少し考え、
絵里「あ、はい! 承知しました!」
   絵里、書類を見ながら、
絵里の心の声「ええっと、多分、これを見ながら設定しろってだな……」
   絵里、パソコンを操作し始める。
   ×××
   絵里、書類のページを捲り、パソコンの設定を続けている。
   左隣の河邨、自身のパソコンに向かいっていたが、絵里の方をちらっと見て、慌ててた様子。
   絵里の音世界。がやがやした音。
河邨「……!」
   絵里、河邨が何か言っているが、聞き取れていない。
   いきなり、河邨の声が聞こえる。
河邨「(大き目の声で)高坂さん!」
   絵里、ビクつき、驚いた表情で河邨を見る。
河邨「あ、ごめんね。集中してたところ。そんなに驚かせるつもりはなかったんだけど」
絵里「い、いえ、すみません。気付かなくて」
河邨「いや、大丈夫。で、その項目なんだけど、さっき一緒にやろうって言ってたところで……」
   絵里、河邨と手元の書類を交互に見て、
絵里「あ、すみません!」
絵里の心の声「聞き逃してたー‼」
   河邨、笑顔で
河邨「オッケーオッケー。じゃあ、」
   河邨、そのまま資料を指し示しながら話始める。
   絵里、必死に河邨の手元を見ている。
   絵里の音世界。がやがやした中に断片的に聞こえる河邨の声。
河邨「……で、これが……パスワードが……」
絵里の心の声「ぜんっぜん聞こえないー‼」
   絵里、困った表情で縮こまっている。

〇アパート・絵里の部屋(夜)
   一人暮らし用アパート。シングルベッドにスーツ姿の絵里が倒れこむ。ベッド下にカバン。
絵里「つっかれたー……集中力が死ぬ―……」
   絵里、右耳を下にして横になる。
   電話の着信音が鳴っている。
   絵里の音世界。何も聞こえない。
   絵里、仰向けになる。
   絵里の音世界。右耳が布団から離れた瞬間、着信音が聞こえる。
絵里「電話……?」
   絵里、ベッド下に置かれたカバンに手を伸ばす。
   スマホ画面。楓からの着信画面。
   絵里笑顔になり、スピーカー状態で電話にでる。
絵里「もしもし! 楓!」
楓の声「絵里ー? お疲れー!」
絵里「お疲れ! 初出勤どうだった?」
楓の声「思ったより重労働‼」
絵里「(驚く)へ⁉」
楓の声「めっちゃ重い。本って。いや、わかってたけど、わかってたけどね。でも、次会ったときにはムキムキになってるかも。私」
絵里「マジでー? ムキムキの楓見たい!」
   絵里、笑う。

〇アパート・楓の部屋(夜)
   一人暮らし用アパート。電話をしている楓。
楓「……絵里は?」
絵里の声「んー? 何がー?」
楓「初日、どうだった?」
   楓、優しい表情。

〇アパート・絵里の部屋(夜)
   スピーカー状態で電話をしている絵里。
絵里「あー、えっとねぇ、めっちゃ疲れた!」
楓の声「何? 初日から何かやらされたの?」
絵里「そうじゃなくってねぇ。めちゃくちゃいい人ばっかりだし、全然厳しくもないし。今日は挨拶と案内してもらっただけだったんだけど、」
   絵里、少し落ち込んだ声色になり、
絵里「自分の席が最悪」
   絵里、表情が暗くなる。

〇アパート・楓の部屋(夜)
   電話をしている楓。苦笑いを浮かべながら、
楓「何、右端だったの?」
   絵里の暗い声が聞こえる。
絵里の声「そう……だし、仕事教えてくれる人の声がこれまた聞こえづらい声してる……」
   楓、頭を抱える。

〇アパート絵里の部屋(夜)
   スピーカー状態で電話をする絵里。
楓の声「そりゃ、災難だったね」
絵里「(少し大きめの声で)そー! めちゃくちゃ大変! 頑張って聞こうとしても全然聞こえない!」
   絵里、膝を抱えて、
絵里「……楓の言ったとおりだった」
楓の声「ん?」
絵里「ちょっと、自分の世界、理解しきれてなかったかも……」
   数秒、沈黙。
楓の声「ま、それに気づけただけでも今日は大収穫じゃない?」
   絵里、顔を上げる。
楓の声「めっちゃ大変ってことが分かったら、じゃあそれをどうするかでしょ? あ、でも、人と関わらないって選択肢はないからね! それ、絶対自分の首絞めるから!」
   絵里、笑い始める。
絵里「わかってるって! さすがに、今は一人じゃ何もできないから。どうにかして、河邨さん……あ、先輩ね。先輩の声聞こえるように頑張る!」
   楓のため息が聞こえる。
楓の声「その人、頑張ったら聞こえるようになる声なのか?」
   絵里、動きが止まり、
絵里「ウ、ウン。ガンバル……」
楓の声「まあ、頑張ることはいいけど、抱え込み過ぎないでね。本当に困ったら職場の人に言うんだよ!」
絵里「うん! どうにかそうならないようにする!」
楓の声「(小さな声で)そういうことじゃないんだけどな……」
   絵里、聞こえていない。
絵里「ん? 楓、なんか言った?」
楓の声「なんでもなーい」
絵里「楓、いつもありがとうね」
   楓、スマホに向かって微笑む。

〇ソーケヒウ株式会社
   絵里、出社する。数人の社員が座っている。
絵里「おはようございます」
   絵里が自席に座り、数秒後、河邨出社してきて、絵里に挨拶する。
河邨「おはよう」
   絵里、気付いていない。
   河邨、少し眉を顰める。そのまま自席に座る。
   絵里、河邨の座る振動で気付き、左を向いて、
絵里「おはようございます!」
   河邨、少し驚き、
河邨「お、おはよう」
   絵里、何事もなかったかのようにパソコンを取り出す。
   絵里の音世界。がやがやしている。
河邨「高坂さん、……」
   絵里、ハッとし、河邨の方へ体ごと向ける。
絵里「はい!」
   河邨、少し面食らうも、
河邨「今日は、これを使って、」
   絵里、河邨の方に体を完全に向け、少し顔だけ右耳を向けるようにし、話を聞く。


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