『天国大魔境』大研究 その2 『天国大魔境』と国産み神話
注意
この記事は、ネタばれありです。『天国大魔境』未読の方は、どうかまわれ右でお願いします。
その1だけはネタばれ無しで書いていますので、初見の方はそちらをご覧下さい。
なお、本記事は64話までの内容を前提に書いています。
1.国産み神話とは
『天国大魔境』を読み解くにあたって、踏まえなければならないことに日本の神話、もっと具体的に言えば、国産み神話との関連があります。
国生みは、日本の国土がどのように形作られたかを語った国土創世譚です。
国産みでは、イザナギとイザナミの二神が、天地開闢を行ったより古い神である別天津神(ことあまつかみ)に命じられ、日本列島を構成する島々を作り出しました。
二神は、天浮橋に立ち、別天津神に与えられた天沼矛(あめのぬぼこ)で混沌とした地上をかき混ぜます。それによって。オノゴロ島を始めとして、大八島を造ったとされています。
2.国産み神話との関係
神話や伝説を下地とした物語は数多くあります。名前や能力だけを借りただけのものから、神話のストーリーをベースとしたものなど様々です。
『天国大魔境』は、登場人物が神話をなぞらえた事件を画策することから、神話との関係がかなり強い物語となっています。
しかも、その神話をなぞらえた事件を画策する登場人物は二人存在します。更に、その二人が、異なる意思をもって行動したことから、『天国大魔境』は複雑な物語となりました。
その二人の内、一人は誰でも容易に分かる。高原学園の理事長、上仲詩乃です。
もう一人、いえ、もう一体は、より重要な存在であるミーナです。
3.理事長、上仲詩乃の意思
理事長、上仲詩乃は、国産み神話を模すことで”天国”を造り出そうとしました。
彼女の考えは、そのネーミングに見て取ることができます。
①天国と高原学園
天”国”を作り出すことを目指したのは、正に国産みを目指していたと言えますし、そのための組織である高原(たかはら)学園は、神の住処たる高天原(たかまがはら)をもじったものでしょう。
②i373=イザナミ
そして、そのために作り出したAI、ミーナは、i373(イザナミ)です。ミーナの姿が妊婦を模したものであることも、ミーナ=イザナミを裏付けています。
③あめのぬぼこ
更に、もっと直接的なものとして、ミーナが衝突を予言(予測)した小惑星を「あめのぬぼこ」(天沼矛)と名付けたことを挙げることができます。あめのぬぼこは、国産みの際に、イザナギとイザナミが使った道具(本来は武器)です。
④合い言葉
また、理事長=三倉まなかが、個人認証のための使った合い言葉は、日本書紀にでてくる解読不能と言われる歌です。
⑤生徒の名前など
生徒の名前も、神話からとった可能性があります。ただ2文字、3文字の名前など、どうにもコジツケができるので、ここでは深く考察しません。理事長が関係したものなので、深く考える意味もあまりないでしょう。
理事長、上仲詩乃は、国産み神話になぞらえて天国を作り出し、それを”あめのぬぼこ”を利用して広めようとしていました。
これも、ちょっとこじつけっぽいですが、彼女は、イザナギとイザナミに国産みを命じた別天津神(ことあまつかみ)の中でも、もっとも古い天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)として自分を思い描いていたのかもしれません。(名前が何となく似ている)
4.ミーナ(イザナミ)の意思
ミーナの意図は、理事長、上仲詩乃の意図よりも重要です。彼女の意思こそ、この『天国大魔境』の事件を引き起こしたと言って良いでしょう。
①プールでの宣言
『天国大魔境』において、最も重要なシーンは、この6巻35話のプールでのテスト開始宣言です。生徒をプールに入れる訳でもないのに、わざわざプールに集合させました。
更に、ミーナはこの時、天国の生徒に対して、生徒達がヒルコであるとも告げています。”ヒルコ”の名付け親は、ミーナなのです。
②ヒルコと神事
ヒルコは、現在までの『天国大魔境』でも怪物として描かれていますし、多くの創作作品において怪物として描写されます。
それは、漢字では蛭子、蛭児となるように、血液を吸う蛭を思い浮かべる名であるとともに、蛭の子として想像されるように四肢の奇形に関係する名前だとされることもあるからです。
しかし、ヒルコは元々神の名です。イザナギ、イザナミによる国(国土)産みの後、この二神は神産みを行います。
古事記では、その時、最初に生まれてきたのがヒルコ(水蛭子、蛭子神、蛭子命、蛭児)とされています。
日本書紀には、天照大神・ツクヨミ・ヒルコの順とされている他、蛭子、蛭児と書かれたように奇形であったと書かれています。
そして、それが故に捨てられた。葦あるいは楠の船に乗せ流されたと言われています。
しかし、捨てられ、死んでしまったとはされていません。各地に流れ着いたとされる伝説、あるいは伝承が残っているのです。
6巻35話のプールでのシーンでは、泳ぐ訳でもないのに、ミーナは生徒をプールに集めました。そして、ヒルコであると告げた上で、テスト開始を宣言しました。
つまり、これは神産み神話における蛭子神を海に流したことを模した神事と見ることができるはずです。
③ミーナによる工作
それを踏まえると、ミーナが理事長の意図に反して、いろいろと工作していたことが、生徒を、ヒルコとして天国の外に”流す”ための準備であったことが見えて来ます。
プールでの集合自体、職員には伏せられていたようです。
その最たるものは、監視映像を加工し、トキオとコナの逢瀬を職員に隠したことです。
これによってトキオが妊娠し、マルとヤマトの誕生に繋がります。
作品冒頭の天国シーンでは、ミーナは、トキオに外に対する興味を抱かせるための質問を見せています。作品のスタートからして、ミーナの意思が物語を動かしていました。
ククとトキオが、戦士の赤ちゃんを見に行く際の監視映像加工や偽の侵入者警報も同じ目的ですし、アスラの自死やその際のコナの動きを隠したことも同じでしょう。
シロにミミヒメからの偽メールを送ったことも、同じように生徒が隠された情報に興味を持ち、職員の意図外の動きをとることを狙ったものだったと思われます。
④漂着の神
流されたヒルコが漂着することで、新たな神となる伝承は数多くあります。
更に、同じく漂着する神であるエビスと同一視されるようになったことから、漫画家の蛭子能収氏のように、蛭子(ひるこ)と書いて「エビス」と読むことさえあります。
また、同じように漂着するものとして、クジラやイルカも、ヒルコと呼ばれるようになりました。コナが描いた絵の中にあるクジラも、これに関係している可能性が高いと思われます。石黒正数氏が監修で関わったと言われるアニメのエンディングにも登場していました。今後の展開で、ヒルコを意味するものとして、くじらが登場するかもしれません。
AI(疑義については別記事で書きます)であるミーナが、理事長の意に反していろいろと画策したことは、この海から漂着する神としてのヒルコを生み出すことだったのではないかと思われますが、最終的に何を目指していたのかは、まだ良く分かりません。
この観点では、『天国大魔境』は、AIの反乱モノSFであると言えるでしょう。
ただ、プールでテストを開始宣言をした6巻35話で、ミーナは自ら動きを止めたと思えるシーンがあります。イザナミ=ミーナの子であるヒルコを海に流し、自らは役目を終えたのかもしれません。
5.神話関連の残された謎
まだまだ明らかにされていない謎が多いため、神話関連でも残っている謎はかなり多くあります。
最も謎なのは、ヒルコの怪物化でしょう。
怪物化自体が、奇形とも考えることができるため、ミーナの意図である可能性もありますが、江戸時代からヒルコが存在していたとされる描写があるため、ミーナが遺伝子操作で生徒を作った際に、怪物化の遺伝子が混じってしまった可能性も考えられます。
また、国産み神話だけでなく、イザナミが大きく関係する神話として黄泉にまつわるものがあります。
『天国大魔境』に何度も登場する死を彷彿させるシーンとして、登場人物が洞窟内を歩くものがあります。これが、黄泉に繋がる黄泉比良坂を示したものである可能性もあります。
そこから考えると、怪物化したヒルコの姿は、黄泉に行った姿であり、そこから黄泉返りする展開もあるかもしれません。そして、それにはイザナギが関係してくるかもしれません。
イザナギが、登場するかどうかも分かりませんが、その関係で気になることは稲崎(イナザキ)がイザナギのアナグラムであることです。
ただ、最近の連載を見る限り、ロビンが当初の天国に関わっていた可能性はほぼなさそうです。とは言え、家にあまりいない両親が関わっていた可能性はあるかもしれません。
また、黄泉返りを模すのなら、停止したi373をロビンが復活させる・・・なんて展開もあるのかも?
さて、今回は以上としますが、この他にも大きな謎が残っています。それらは、別の記事で書くつもりです。
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