人間剥製師 第3話「長靴を履いた猫」


■第3話概要


 助手のチサの活躍回
 悪の大臣に契約された少年を救うため、チサが一計を案じる

■本編

1.塔にて


 街で声掛けをする商人や、子どもたちで賑わう人々の足元を縫うように一匹の黒猫が悠然と歩いている
 人気のない宮廷の脇を歩き、離れへ
 天上から旋律が流れてくる
 見上げると、高い塔が天に向かって伸びている

 視点は天へ伸びる
 塔の天辺でまだ幼さの残る少年が歌っている

 塔の窓枠に頬杖をつき、物憂げに歌う少年。ふと気配に気づき、部屋の中に視線を移すと、黒猫が部屋に
 不思議そうに
少年「おや、また来たのかい。それにしてもどこから入り込んで来るんだろう」

 黒猫、少年の腕の中に飛びこむ。少年は猫の喉を撫でる

黒猫「ゴロゴロ」
少年「ふふ、モノ好きだな。相変わらずお前は僕みたいな奴にひっついて……すべてを奪われてしまったこの僕に」

少年「前も話したっけ。僕の身の上を。こう見えて僕はこの領地を治める……ことになっている世継さ」

 窓の外、眼下の領地が映る
少年「何でこんなところにいるかって……先代――僕の父が病気で倒れてから、この地の実権は全て大臣のバカラが握っているのさ」
 首を振ってため息
少年「父の喪が明けたら僕が後を継ぐことになっているが、それも形だけのことだ」

 (斃れる2人の兄イメージ)
少年「歯向かった2人の兄さんはとっくに奴に殺されてしまった。……もちろん証拠はないけどね」

(黒猫、政治の話には興味なさそうな態度)
少年「ってお前にはこんな話興味なかったか。愚痴を聞いてくれた御礼に歌はどうだい」

ノック音
兵士「リュカ様、食事の時間です」
少年「いけない、隠れて」

 黒猫、窓の外にひらりと飛び跳ねる。外壁の出っ張りに乗り移る
 塔の中から話し声

兵士「リュカ様。何か話をされてましたか」
少年「何でも無い。独り言だ」

 屋外。奥に塔が映る。塔から離れるチサの黒いドレスの足元アップ

2.契約


 屋敷内。
 書き物をする人間剥製師の後ろをチサが通る

人間剥製師「帰ってきたか」
チサ「あら、うちのご主人さまは後ろに目がついているのかしら」

人間剥製師「最近いやに遠出するが、問題でも起こしてないだろうな」
チサ「あたし? まさか。(ふふ)それとも浮気を疑ってご機嫌斜めなの?」

 軽口に眉1つ動かさず書き物を続ける

 少し真面目な顔
チサ「どこにって幽閉された領主様のところよ。話相手がいないと可愛そうでしょ。私が相手を務めているってわけ」

チサ「でもその大臣って奴、自分の主人をあの扱いなんて本当嫌な奴よね」
人間剥製師「それはその地の問題だ。我々の関知するところではない」

 嫌味を込めて
チサ「はいはい、旦那様は今日も精勤に励んでご立派なことで~」

 チサ、卓上の『契約書』の内容を見て一転驚く
 卓にバンと手をつく
 そこに記されていたのは、「スイートピー領の領主を差し出す」との契約

チサ「はぁ? 何よこれ」
人間剥製師「その大臣からの契約だ。自らの主人を差し出すね」
チサ「待ってよ。主人を害すとかそれって明らかな翻意じゃない」

人間剥製師「通常の手段ならば、だ」

チサ、はっとする
「世界は彼(ルビ:人間剥製師)の収奪に関して一切を咎めない」

チサ「何よ……。彼を廃すのにあんたを利用しようっていう腹づもりなのね」
人間剥製師「巧妙に婚姻関係を結んでいるバカラだ。リュカがいなくなった後は、ゆくゆくは自身が爵位につくプランが整っているだろうね」
チサ「そんなこと……。ねぇ、今からでもどうにかならないのよ」

 冷たい目で
人間剥製師「知っている筈だ。正当な方法でなされた以上、契約は絶対だと」

チサ「くっ、分かったわよ」
 部屋を立ち去るチサ。途中くるりと振り返って
チサ「この陰険腹黒の人形フェチ男ー」

 正面を向いてる人間剥製師、悪口に無表情もジト目顔

 チサ回想する
 黒猫の姿で気ままに貴族の邸宅を歩いていたら、兵士に追われてしまう
 危ういところを、子ども時代のリュカに匿われ助けられる

 キュッと唇を噛み、何かを決意する

3.計略


 農場の道を高級な馬車が闊歩する
 馬車に乗るのはこの国の王とお付きの者たち
 王の体型はどっぷりとしていて、凡庸な顔つき

王「この辺りはスイートピーの領地だったな」

おべっか
お付き「はは、さすが陛下は物識りで」
王「先代には随分世話になった。当代とも早く会いたいのう」
お付き「とはいえ彼はまだまだ若輩ゆえ、今は後見の大臣が政治を担っているとのこと
王「そうか。残念じゃの」

 突然馬車が止まる

顔を出して
お付き「おい、どうした」
御者「いえ、それが」

 前方に道にへたれこんだ美しい妙齢の女性
 変身したチサである

王「何をしている。早く保護してあげなさい」

 女性を乗せ再び動き出す馬車の車内

王「ほう、気分が優れないとな」
女性(チサ)「ええ、突然めまいがして動けなくなってしまいまして。」
お付き「この辺りに醸造所があったはずです。休んでいきましょう」
王「おう。すぐ向かわんか」(格好つけて)

 馬車は近くの醸造所へ

 そこを仕切る職人は王の到着に驚くも、秘蔵の酒を振る舞う

お付き「ほう、これは格別の味わい」
チサ「生き返りますわ」

ご機嫌で職人に
王「これお前。この醸造所は誰のものか」

かしこまって
職人「はっ、ここはバカラ侯爵様の醸造所にございます」
顔に何故か引っかき傷

一同不思議な顔になって
王「バカラ。はて、ここの領主はそんな名前だったか」
お付き「ちと妙ですな」

 おすまししたチサの顔つき

 回想イメージ
 何かを頼むチサと、取り合う気のない職人
 爪を出して尖った猫の目になるチサ
 チサが職人を引っ掻く場面の戯画化

チサ「実は倒れた時に服が汚れてしまいまして。新しいドレスが必要ですの」
王「そうだな。確か街に一等評判の服飾店があった筈だ。すぐに向かおう」

途中の畑で農夫に声をかける
王「おい、この畑は誰のものだ」
農夫「この畑はバカラ侯爵様のものでございます」

 農夫の目に青タン

 農夫の返答に、怪訝な顔をする一同

 回想イメージ
 お願いするチサにセクハラを働こうとする農夫。反撃で殴られる

 服飾店に到着
 早速新しいドレスを奢られるチサ

チサ「まぁ素敵」
 ドレスを着た自分の姿を眺めうっとりする(ふり)のチサと
 それを見てご満悦の下心ありありの王

ご機嫌で
王「良いぞ良いぞ。この服飾店は誰のものぞ」
服飾店の娘「はい、ここはかつて大臣で、今は侯爵であられますバカラ様の服飾店でございます」

 服飾店の娘、チサに目配せ

 回想イメージ
 チサを生意気だと挑発する服飾店の娘
 キャットファイトを展開するチサと娘
 戦いの末意気投合する2人

王「何だと。臣下如きが侯爵を名乗るか」
お付き「恐れ多くも王。この地の大臣が専横を欲しいままにしていたのは聞き及んでいましたが、まさかその様な不遜に及ぶとは」
チサ「まぁ怖いですわ、王様」(しなだれる)

ここぞとばかりに格好つけて
王「奴に話を聞く。すぐに呼び出せ」

4.顛末


 領主の間。領主の椅子でカラバがふんぞり返っている
 強欲に満ちたカラバの顔

慌てて駆けこんで
部下A「た、大変です」
カラバ「何だ、騒々しい」
部下A「これを見てください」

差し出された巻物を見て驚く
カラバ「な、余の僭称について釈明の機を設ける故、今すぐ王のもとに出頭せよと。何を馬鹿な」

部下A「王は既に軍勢を集めているとの噂が」
部下B「民衆たちの間でも大臣の専横を糾弾する声が続々と」

「大臣を出せ」「リュカを解放しろ」と憤る街の人々

苛立つカラバ
取り巻き「い、言う通りに出頭なさるので」
カラバ「馬鹿者!ここで言う通りに出頭してみろ。どんな罪を被せられるか。これまでの計画も全てパァだ」

カラバ「それにしても何でこんなことに」

 一連の光景を建物の縁から見下ろしていたチサ。悠然と

チサ「人間って不思議よね。それまでは公然の事実で罷り通ってたことが」
(大臣の横暴、幽閉されるリュカイメージ)
「一度火がつくと、あれもこれもと尾ひれをつけて問題視されるの」
(大臣の横暴を指摘するお付き、憤る民衆たちイメージ)

カラバ「こうなったらこちらも軍を集めるしか無い。冬まで持てばあとは停戦交渉でどうにでも……」
部下B「しかし兵を集めようにも名目が……」
カラバ「余の名前で軍を集めるしかないだろ!いっそ余が侯爵を名乗る!」
取り巻き「しかし世継はリュカ様と……」
カラバ「今すぐ廃嫡すれば良いだろ!」
取り巻き「はっ。直ちに」

 夜、「侯爵」になったカラバが自室で1人
 兵の集まりが悪いのか不機嫌にしきりと歯ぎしりする

カラバ「ぐぬぬ……」

 背後に人の気配
 既に黒の気配を纏っている人間剥製師

カラバ「おう、お前か」
腕を広げて
カラバ「このタイミングで来られても迷惑だが、まぁ良い。リュカの始末をしてくれるのか」

人間剥製師「ええ。契約を遂行しに来ました」
カラバ「ならば早くそちらに行ってくれ」
人間剥製師「いえ。私が求むのは、先代の次に当主の座についた、現公爵の身柄です」

 カラバ口を開いて放心
 真剣な表情の相手
 カラバはようやく自分のしでかしたミスに気がつく

 近寄ってくる人間剥製師と、後ずさるカラバ

カラバ「ま、待て。なし、なしだ。契約は無効だ」
人間剥製師「言ったはずです。一度結んだ契約は絶対だと」
カラバ「う、うわああああ」

 部屋を闇が覆う

5.結末


 
華やかな雰囲気の宮廷
 そこで王に謁見する、侯爵になったリュカ
 猫に化身して退屈そうに眺めるチサ

鷹揚と
王「そちと話せたこと嬉しく思うぞ」
リュカ「この度は私の不甲斐なさ故、王自ら手を煩わせてしまい、面目次第もない」
王「気にするでない。亡き侯爵の恩顧を忘れ、みすみす臣下の暴虐を許した余の落ち度でもある」

傍らを見て、
王「謀反の後始末も有能な宰相が一切取り仕切る故、後は任せたまえ。のう宰相」

宰相「はっ」
王の脇の宰相。かしこまってお辞儀する

 果たしてこの「宰相」こそ、人間剥製師だった

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?