人間剥製師 第1話 「悪役令嬢」




■人間剥製師 第1話概要


 古ぼけた洋館で、周囲を本物の人間の如き――さながら剥製のような『人形』に囲まれて暮らす青年と少女。
 少女が青年に話をせがむ。この日青年が物語るのは、ある令嬢の『人形』にまつわる話。
 カトレアは義妹メローナの存在が疎ましくてしょうがなかった。
昔から自分のやることなすことが裏目に出てしまう。代わりにメローナは優しい娘と評判は鰻登り。まるでお伽噺のヒロインだ。
 とうとう意地悪な姉が義妹を虐めていると、『悪役』のレッテルまで貼られてしまった。
「それもこれもおかしくなった全部あの子がやって来てからだ」
 ある事件を機に耐えきれなくなったカトレアは、儀式により『人間剥製師』にメローナを差し出すことを依頼する。

 密会の場所に訪れた『人間剥製師』に対し、カトレアが見せつけるのは、彼女に殺害されたメローナの遺体。しかし『人間剥製師』は、遺体には少しも興味を示さない。

 あくまで「娘を1人差し出す」との契約の遂行を迫る『人間剥製師』。果たしてその場で条件に当てはまるのは、カトレアだった。

 青年の話を聞き終えた少女は、眼の前の『カトレア』を眺めながら話の感想を語る。
「この話で一番可愛そうなのって誰なのかしらね」

■本編

1.『剥製師』の屋敷にて


 沈鬱とした夜景の中に佇む古びた西洋屋敷。視点は屋敷の中に移行していく

 シャンデリアの吊るされた玄関。カーペットの敷かれた廊下。噴水のある開けた広間などを通っていく
 普通の洋館と変わっているのは、屋敷の所々に佇む『人形』。生きた人間を思わせるように真に迫っている。身なりも様々な老若男女の人形は、当然だがどれも微動だにすることはない。その迫真さは、人形というよりは剥製のよう

 視点は屋敷の奥に到達する
 謁見の間の椅子に深く腰掛ける、漆黒の髪の青年。美形の貴公子然とした外見
 人形の様に生気がない肌だが、紛れもなく人間であることが、長靴の足を組み替えることで分かる
 顎に手をあて黙したままの青年の膝に乗っかりしなだれかかるのは、気ままなチャシャネコを思わせる黒のドレスの少女

 可愛くあくびをして
少女「退屈よ」
青年「…………」

少女「ねぇ何か面白い話をしてくれないの」
青年「面白い話を知りたいなら、図書室にある本を読めば良いんじゃないかい」
(少女「あ、やっと口を開いた」)

少女拗ねて「でもめぼしい本は全部読んじゃったし」

 話している間も、少女は構って欲しさに青年の顔をペチペチ叩く。
人間剥製師「やめないか、チサ」
少女(以下「チサ」「それに私はあなたの話を聞きたいの」

 チサにせがまれため息を吐いて、しかしあくまで優しい表情で
青年「そうだね。じゃあ今日はあの『人形』の話をしようか」

 興味深そうに目を輝かせ
チサ「聞かせて」

青年「そう、これはある『悪役令嬢』にまつわる話……」

2.令嬢姉妹


ナレーション「そもそも2人の令嬢の関係が決定的にすれ違ってしまったのは、どこからだったのだろう」

 貴族の邸宅。子供部屋で乳母やメイドに面倒を見てもらう金髪の幼女。子供時代のカトレアである
 外から聞こえる喧騒に玩具で遊んでいた手を止め、窓の外を見やる

カトレア「あら、何かしら」

 階下の庭で、馬車から降りてきた2人組。1人は薄幸そうな女性。そしてもう1人がカトレアそっくりの幼女

カトレア「あら、私にそっくりな子」

 屋敷の食卓。上座に主人。向かい合うようにカトレアと母子
 貴族の当主であるカトレアの父親が、3人を引き合わせる

父親「お前に新しい家族を紹介しよう」
「彼女がエミリア。私の新しい妻、つまりお前のお母さんだ」
「そして私と彼女の子、メローナ」
「お前とは年が近いだろう。仲良くやりたまえ」

エミリア「よろしくね」
 薄幸そうな笑みを浮かべる継母

 しかしカトレアの興味は新たに姉妹になった妹の方に向けられている。
 対面に向かってカトレアは微笑みかける。

カトレア「仲良くしましょう」

 一方メローナは奥手なところをみせる
メローナ「ええ」
 食事が進む
 鷹揚とした父
 食事中も妹のことが気になってしょうがないカトレア

 屋敷の風景。影絵で噂話に興じる屋敷の者たちが描かれる

 嘲ける表情のメイドたち
「ねえ知ってるかしら。あの新しい奥さん」
「ええ、身分を隠してるけど、何でもここに来る前は踊り子でいらしたとか」
「まぁ、庶民どころか酒場の女なんて」
「本当旦那様の趣味にも困りものね」

 また別のメイドたち
「それにあの娘も」
「いつもぼんやりして」
「カトレア様と同じくらいの年頃って」
「旦那様も今の奥様にだいぶ前から手を付けてたのよ」
「前の奥様が亡くなって日が浅いから、屋敷に置いておけなかったのね。かわいそう」
「酒場にいたんでしょ。きっとロクな育ち方をしてないわよ」

 心無い噂を聞いて顔をしかめるカトレア。ふと何かを思いついて子供部屋の棚を漁る
 大事にしまってあった人形を両手で抱え取り出した

カトレア「あったわ」

モノローグ
(これは私の大事な人形。ママのママのそのまたずっと前から、我が家の女の子に受け継がれてきた大事なビスク・ドール。今は私が受け継いでいる)

 子供部屋でポツンとしているメローナ。人形を抱いたカトレアが飛び込んでくる

カトレア「これをあげるわ」
屈託ない笑顔で人形を差し出す

メローナ「えっ?」
状況が掴めないといった表情

カトレア(あの子はこれまで大変な思いをしてきたのだわ。それに玩具だって何も持ってないんだもの。私の1番大事なものをあげないと。先祖代々から伝わってきた大切な人形だけど、これからは姉妹で一緒に暮らすんだもの。別に良いわよね)

 本来は感動的な場面だが、周囲の反応は冷酷であった。
「ねぇ見た。カトレア様のあれ」
「あんな古ぼけた人形を妹に与えていらしてよ」
「でもメローナ様にはお似合いね」
 心無いメイドたちのヒソヒソ話

3.誤解


 カトレアの行動が次々と裏目に出ていき、『悪役令嬢』となっていく過程が描かれる

 おやつの時間
カトレア「はい、これあげるわ」
ケーキが出たら大きい方のケーキを、ビスケットが余ったら残りをメローナに譲るカトレア

 また別な日、苺が乗った素敵なロールケーキが出た

メイド「街で一番のスイーツケーキですわ。今日のために摘んだとびきりの苺が使われていますの」
そう口上を述べ、ケーキが切り分けられる

 カトレアが苺の乗った大きい方をメローナに譲ろうとすると、この日は珍しく拒むメローナ

メローナ「お義姉さんは苺が好きですから」
 そう言って大きい方を姉に譲る
カトレア「そう」自分が大きい方の皿を取る

 ケーキを食べる2人
 パクパク食べるカトレア
 食が細いのかちびちびとしたメローナ

 カトレアが残り少なくなったケーキを名残惜しそうに見ている
 そこにパティシエがやってくる
 メローナのまだ2,3口しか手を付けていないロールケーキを見やり

パティシエ「あら、妹さんのケーキ、随分小さいわね。苺も乗っていないじゃない。大きい方はお姉さんが取っちゃったのかな? 妹さんなのに我慢して偉いわねー」

 そう言ってトレーから新たな皿を取り出す。さっきよりも大きいケーキ

パティシエ「遠慮しないで良いわよ。おほほほほ」

 おずおずとケーキを姉に分けようとするメローナ

 カトレアは残念そうな表情で
カトレア「私は今からお稽古ごとがあるから」

 談笑するメローナやおこぼれに預かるメイドたちから離れるカトレア

 またある日。姉妹は刺繍のお稽古に励んでいる。家庭教師の老女は厳格な雰囲気
 慣れた手付きのカトレアに対して、経験不足のメローナはぶきっちょな具合
 メローナは至ってマイペースだが、カトレアは厳格な教師の前気が気でない
カトレア「でも……」

 以前の稽古のことを思い出す
 そこでもノロマなメローナをサポートしようとするカトレアだが、家庭教師からお小言を受けてしまう
教師「手助けしたい気持ちは分かるけど、それじゃあ妹さんのためにならないわよ」

カトレア「そうよね。メローナのためだから、ここは我慢」
 あえて見て見ぬふりをする

メイドたち「クスクスクス」「見て。あの不器用な仕上がり」「それに比べてカトレア様は立派だわ」

老教師「…………」
 メローナの出来栄えの悪い刺繍を見て
老教師「それじゃものにならんわね」
メイドたち「クスクスクス」

 老教師、一転傍観者のメイドたちの方に厳しい目つき。
老教師「でもね。人の努力を嘲るのはもっと質が悪い」

 メイドたちバツの悪さから
メイドA「だ、だって仕方がないじゃない」
メイドB「そうよカトレア様は、何につけてもあんなに立派にこなされるのに」
メイドC「それに比べてメローナ様は……」

 老教師、カトレアを見やり内心思う
老教師「(ふん。確かに十人並みにはできるようだね。でも所詮はその程度さ。自分は良くても他者に気配りを見せないんようじゃね)」

 自分がメローナを虐めていたメイドたちの、言い訳のためのスケープゴートにされてしまったカトレア

 邸宅の外。遊びに外出する2人
 周囲は同様にめいめい気ままに遊ぶ街の子どもたち
 気弱なメローナは、意地悪そうな男子のグループに絡まれていた

「やーい、弱虫ー」
「黙ってないで。なんか言ってみろよー」
メローナ「う、う……」

 それをかばうカトレア。
男子「は、何だよ」
カトレア「妹に手を出さないで」
 男子の胸を突く

男子「いてーな。こいつ」

 にらみ合うカトレアと男子の間で険悪なムード
メローナ「あ、あの……」
 発端のメローナは蚊帳の外。それを見やるスラム風の美形の男子

美形の男子「……」

 夕ぐれ時、連れ立って歩く2人。ビリっと破けたカトレアのドレス。
メローナ「あ、あの。ごめんなさい……。私のせいで」
カトレア「いいのよ。あなたを守るためなんだから」

 また別な日道を歩いていると、2人の前に大柄な子どもが立ちはだかる。彼はこの前の男子を引き連れている

大柄なこども「弟たちの礼をするぜ」
怯みながらも異母妹をかばうポーズのカトレア

 直後場面転換
 涙のカトレアは、屋敷の自室でベッドに身体をもたれ、手にした小さな肖像画を眺める
カトレア「私のママは私を産んだ時に死んじゃったらしい」
「寂しいけど今は妹がいるから大丈夫だよ。今日も妹のために頑張ったんだ」
「私の身代わりになって死んだママ。私は頑張るから、ずっと天国で見ててね」

 カトレア目を伏して(今のお義母さんは苦手)

 エミリアの会話を思い返す

エミリア「作法もロクに学んでなくてごめんなさい。礼儀の身についたあなたを不快にさせるのは当然ですわね」
「あらご立派。あなたのお母様はさぞ良い身分の方でしたのね」

 お稽古ごとで遅れを取ったメローナを庇って
「私の娘もロクに手ほどきを受けてこなかったから、あなたに断然ヒケを取って。気を揉ませてごめんなさい」
 あくまで慇懃

カトレア「丁重に謝ってはいるけど、不必要なことまで先手を打ってこれみよがしに謝って見せて、まるでこちらに当てつけされているみたい……」

 コマ送りで時間が進んだことを表す
カトレア「街での騒動は意外な形で終わった」

 道を歩くメローナの傍らを歩くのは、彼女を見ていた美形の男子である。

 顛末を話す街の子供達
「見ろよ。ヨシュアの奴、すっかり彼女に興味ひとしおだぜ」
「貴族のくせに俺らと対等の態度でいた彼女に心をひかれたんだってな」
「確かにあれだけ虐められても、俺等に一切手を出そうとしなかったしな」
「結局ヨシュアの奴、彼女には手を出すなって周囲に命令したらしい」

 無事になったメローナを見て安堵しつつも、一方で自分は敵対した街の男子から、喧嘩をしたことで依然憎まれていることを、周囲の態度で察するカトレアであった

 王宮の学園
 成長した2人が、格調高い制服に身を包んでいる
 元々の社交性の高さからすぐに御学友に囲まれる
 カトレアの傍らには、メローナもいる

カトレア「もう。貴女も大人なんだから。いつまでも私にくっついてなくて良いのよ」
メローナ「でも、あの……」
もじもじ。おっとりしたメローナは上手く友達が作れない様子
カトレア「はぁ。仕方ないわね。一緒にいらっしゃい」(笑顔で)
メローナ「ありがとう」(やはり笑顔で)

 ある日、カトレアと離れたメローナに、取り巻きが声をかける。
取り巻きA「ねえあなた」
メローナ「はい……」
取り巻きB「カトレア様の妹なんですってね」
メローナ「そうですけど、なにか……」
取り巻きA「妹だからっていつまでもあの方に付き纏われると迷惑なのよ」
取り巻きB「そうよ」
取り巻きA「黙ってないでなにか言いなさいよ」
メローナ「あ、あ……」

 結局この後、カトレアの集まりから距離を置いてしまうメローナ。
その様子を見ていた一般生徒たち

男子生徒A「なぁ……」
男子生徒B「なんだ?」
男子生徒A「いや、あのカトレアだよ」
男子生徒B「ああ」
男子生徒A「何かこう。自分は御学友に囲まれてさぞご立派なのよとお高く止まっちゃって」
男子生徒B「入学する前も、街でも周囲の子どもを下々の者と見下して、軋轢を呼んでたって噂だぜ」
男子生徒A「まじかー」
男子生徒C「それに比べてあのメローナちゃん」(掌を組んで恋い慕うように)
男子生徒B「良いよな……」
男子生徒C「姉に邪険にされても決して憎むことなく慕い続けて」
男子生徒A「そこが健気だよなぁ」
男子生徒B「何事にも一生懸命頑張ってて、立派だよ」
男子生徒C「俺応援しちゃおう」

おせっかいな女子生徒「困ったことがあったら頼りなさいよ」

 メローナの周りに、彼女を慕う仲間たちが集まっていく様子が描かれる。
そしてカトレアに、『悪役令嬢』のポジションが確立していく様を表現する

4.決裂


 
華やかなムードで沸き立つ学園
 講堂は舞踏会の飾り付けがなされている

 学内では女子にパートナーの申込みをする男子。成立したカップルの噂話に興じる女子陣

カトレアも自宅の自室で熱心に裁縫の本を読んでいる
カトレア「この機会に立派なドレスを仕立てて。沢山の殿方の申し出を受けて、これまでの評判を払拭してみせるわ」

 一方のんきな表情で
メローナ「お義姉様は、それ程迄にダンスパーティーを愉しみにしていらっしゃるのですね」

 カトレアは裁縫店で仕立て師と相談を重ねる
 日付が経過し、ついに自信作のドレスが完成した
 自室でドレスの出来栄えに満足していると、そこにびしょ濡れで入ってくるのがメローナ

カトレア「どうしたのよ。それにドレスが」
メローナが手に持ったドレスは、泥だらけであった。

メローナ「ええと。あの」
「ドレスを受け取って馬車で帰ろうとしたんだけど」
「一緒に妊婦さんが乗っていてね」
「途中で雨が降ってきて、馬車から降りる時には地面が泥だらけだったの」
「妊婦さんの足元を汚すわけにはいかないでしょ」
「だから地面に足場代わりに布を敷物代わりにひこうとしたの」
「でも間違って敷物の中にドレスが混じっていてね」
「えへへ。だけどしょうがないよね」

 おっとりとしたメローナの言葉に、カトレアはこれには二の句が継げなかった
「…………」

 舞踏会当日。華やぐ学園。外の庭は来賓の馬車
 気の早い生徒たちの中には、既に会場入りしてペアになったり求愛したりする者も

 教室で落ち合った2人
カトレア「貴女もドレスが無いとしょうがないでしょ。私のものを貸すわ」
メローナにお下がりのドレスを譲り渡す
メローナ「ありがとう」
カトレア「じゃあ私は先に行くわ。向こうで待ってるわよ」

 カトレアが立ち去った後、入れ替わりでやって来るのが外套に身を包んだ長髪に切れ長の目の男
男「いいかな」
メローナに近づいて
男「君かな。メローナは」
メローナ「はい、私ですけど……」
男「良かった。君にぜひ渡したいものがあってね」

 包みを取り出すと、中の物を広げる

 ホールで待っているカトレア

メローナ「姉さん、お待たせしました」
振り向いて
カトレア「遅いわよ……!!」

 カトレア目を見張る
 というのもメローナの身につけたドレスが、自分が渡したものではないのだ
 しかもそれは宝石が散りばめられたドレス。その出来栄えは、カトレアが端正込めて製作したものよりも、格段に良いものだった
 カトレア衝撃を受ける

 舞踏会の風景が描かれる。ドレス姿の2人
 ひっきりなしに青年たちからダンスに招待されるメローナ
 カトレアは邪険にされる。ここではカトレアは引き立て役だった

 舞踏会終了後、ドレス姿のまま先程訪れた男性と会話するメローナ
メローナ「今日はありがとうございました……でも一体何で」
男微笑んで、
男「実は先日、君の屋敷を訪れてね。そこでお母様にあれを見せてもらったんだ」
メローナ「あれとは?
男「そう、ビスク・ドールだよ」

 男語る
「あのビスク・ドールが着ている服を縫ったのは、僕のご先祖さまなんだ」
「当時しがない服飾職人だったご先祖様は、ある人形制作者の目にとまって彼の作る人形の服を製作することになったんだ」
「その人形は宮廷でも大分評判になってね」
「それをキッカケに人間のドレスの注文も増えるようになったんだ」
「一族は服飾職人として身を立てることができた」
「つまり今の僕がこうしてここにいるのも、その人形があったおかげなんだ」
「そんな由緒あるお人形を大事に扱ってくれた君に、ぜひお礼をしたくてね」

 2人の会話を柱の裏で盗み聞きしていたカトレア。
カトレア(あれは私の……)
 子供の頃、メローナが寂しくないように人形を与えたシーンを思い浮かべる。

 深夜。自室で打ちひしがれるカトレア。

カトレア「何で」「何で」「何でよ」
「私はいつだって一生懸命やって来た」「あの子のことを思ってた」
「なのに」「いつも私だけ損をする」「私の善意は裏切られる」「汚名を着せられる」
(これまでのシーンが浮かび上がる)
「最後はいつもあの子にすべてを持っていかれる」

 鬼気迫る形相になったカトレアは、立ち上がるとタンスから何かを取り出す。

5.召喚


ナレーション「唐突だが、この国には『人間剥製師』と呼ばれる存在がいる」
「名は体を表す通り、何か剥製にまつわる者なのだろう。ただその正体を知る者はいない」
「一部のものが彼を呼ぶ秘蹟を知るのみである」
「ただ決まっているのは、彼が現れた後、必ず誰かが姿を消すということだ」
「そして世界は、彼の収奪に関して一切を咎めない」

カトレア「用意するもの」

(以下用意した物品と儀式の工程が描かれる)
三本足のカラスの羽の万年筆
V国で水揚げされたイカの末期に吐き出したイカ墨で拵えたインキ
霊峰原産の消石灰の溶液で浸して製造した羊皮紙
イチイの枝

 手紙に何かを記すカトレア
 書き終えると四つ折りにして封書する。封書に穴を開け、先端にイチイの枝を取り付けた紐を通す
 夜半。部屋の窓に吊るす
 深夜、黒い鳥(烏)が手紙を見つけ、加えて持ち去る
 翌朝封筒がなくなり、代わりに黒いリボンが結えられていることを確認するカトレア

カトレア「そうしたら――」

 次の行うべき「行動」に思いを馳せ、決意する表情

6.相対


 月の浮かぶ夜空。人気のない鬱蒼とした森
 その開けた空間に、しずしずと馬車が侵入する
 馬車から出てきたカトレア。緊張で張り詰めた表情
 部下に指示して、馬車から何かを運び出させる
 それは人の背丈より大きな木組みの箱。棺桶のような、どこか不吉な雰囲気を連想させる。その箱の正面は、布を掛けられ覆われている

カトレア「あなた達はもう行って」
御者「しかしお嬢様を1人には……」
カトレア「いいから。また一刻後に戻ってきなさい」

 御者は押し切られ、男たちを伴って馬車で立ち去る
 それを見送る風情もなく、立てかけた木箱の傍らに立つカトレア。その顔に不吉な影が差す

 しばらく経った頃。森の奥からスッと現れる影。
 始めは影の塊。カトレアが目を凝らすと、その輪郭が露わになってくる。
 外行きの外套に身を包んだ、貴族の如き容姿をした若い男(=冒頭の青年)である

カトレア「あら、『人間剥製師』と聞いてどれだけ恐ろしげな男が現れるかと思っていたら」
 青年の全身を見やって「随分な優男が来たものね」。青年は特にリアクションを見せない

カトレア「それにしても伴も付けずに不用心なこと」(まぁ私もだけど)
青年「立ち会うのは当事者同士だけ。そういう契約だった筈だ」

 契約の言葉に表情をあらためると、髪を撫でる仕草
カトレア「まぁね。じゃあ早速取引を始めましょう」
青年「約束のものは、持ってきたのだろうね」
カトレア「あら眼の前にあるこれが目に入らないのかしら?」
木箱を覆う布に手をかける
青年「それだというのかい」
カトレア「見る方が早いわ。御覧なさい」
 箱に掛かった布をばっと払う

 箱の布で隠れていた側面は開いていて、箱の中身が露わになる。果たして箱の内部に詰められているのは、腐らないよう氷漬けにされたメローナの亡骸であった
 氷の塊の中で、目を閉じて浮かぶメローナ

カトレア「私が提供すると約束した、人間の娘の肉体よ」
狂気を浮かべ話すカトレアに、殺害シーンのイメージが重なる

(イメージ)
メローナの部屋に入るカトレア。いつもの通りおっとりとした表情で、椅子に座ったまま迎える。メローナは姿勢を戻し、カトレアに背を向ける。背後から近づくカトレア。後ろに回した手には、ロープが握られている。顔の前でロープをギュッとすると、そのままメローナの首に回される。

カトレア「どう。私が言うのもなんだけど、美しいと思わない」
氷の表面に手を這わせ
「生きている時は憎らしかった子なのに、こんなにも無力で儚いの」
青年の方を向き
カトレア「驚いて言葉も出ないのかしら」
青年「…………」
カトレア「ねぇあなた『人間剥製師』って言うんでしょ。名前は禍々しいけど、その実は見るから見掛け倒し。ふふ、人間を集めて何をしているのかと思いきや、彼らを並べておままごとでもしてるのかしら(外見からしてそう)。そんなあなたなら、物言わぬ美しいこの子は、さぞ気にいるんじゃないかしら」

 しかしカトレアの嘲笑をよそに、青年は目の前の亡骸にまるで関心を示さない

 それが気に食わないといった表情のカトレア
 その時青年はポツリと口を開く
青年「それは死体だ」
カトレア「!」
青年「僕には必要ない」

 相変わらず寡黙な雰囲気な青年だが、不気味な気配をまとい始めている
 気圧されるカトレア
 彼女はここに来て、自分が何かとんでもない間違いをしてしまったことを自覚し始め、焦りだす

青年「契約で僕が求めるのは、『若い娘の身体』だ」
「そして君は、僕にそれを差し出さなけばならない」
 鋭い視線を送る青年
 その先にカトレア
カトレア「それって」
(メローナがここにいる若い娘とは、カトレアのことに他ならない)
 それに気づく彼女
カトレア「あ……あ……」
 恐怖し
カトレア「い、いや」
 逃げるにも何故か足がすくんでしまう。ジリジリと後ろずさりつつも、とうとう尻もちをつく
 ゆっくりと迫る青年

 氷漬けのメローナにすがり
カトレア「ねぇお願い助けて。何か言いなさいよ」

 そこに不気味に影が覆いかぶさる

 再度青年の方を向き恐怖する
カトレア「い、いや」

 視線の先、濃厚な黒いシルエット
 月明かりに視点が移る。暗転

7.結末


 冒頭の屋敷に戻る
 最後まで青年の膝の上で物語を聞き終えたチサが、感想を語る

チサ「そうしてカトレアは自分の身体を差し出すことになってしまった訳ね」
 2人の対面にある『人形』。顔は隠れているが、確かにそれはカトレアの姿をしている

青年「この話を聞いてどうだい。君は彼女が可愛そうだったと思うかい」

 考える顔つきになって
チサ「そうね。確かにカトレアって子は、何をやるにしても裏目に出てしまって。評判を貶められて。自分の善意が招いた不幸が、凶器になって彼女を苛み傷つけた。とても可愛そうね」

青年「実のところカトレアは、異母妹と最後まで仲違いすることなんてなかったんだ。――最後はああなってしまったけども。周囲が勝手に彼女を『悪役令嬢』と考えていただけでね
 でもメローナが現れたことが、結果的に彼女を追い詰めてしまったのも事実だ。悲しいことにね」

 チサは更にもう1段考えるポーズ。
チサ「でも、そのメローナって子も可愛そうよ。だって彼女、結局カトレアに殺されてしまったわけでしょ。それまでどれだけ幸運に恵まれていたって、死んでしまったらそこで終わりじゃない。意味ないわ」

チサ「結局のところ一番可愛そうなのって誰だったのかしらね」

 白いドレスで草原に横たわって、安らかに眠る姉妹のイメージ

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