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9. 難聴治療の説明と同意について考える(外リンパ瘻 発症8日目)

難聴治療、入院5日目。今日の聴力検査によると、右耳はごくわずかに回復していたらしい。
でも高度難聴には変わりない。
右耳が聞こえなくなって今日で8日目。

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検査結果を見ながら担当の先生が言葉を選びながらいつものように丁寧に説明してくれた。白髪混じりの女性の先生はいつも穏やかな優しいトーンで話す。

はっきり言われたわけではないが、回復の見通しは厳しい雰囲気が漂う。今後の見通しについて、治療について、予後について、これまでも幾度となく先生から説明を受けた。

入院中に先生と話したこと
・現状の治療方針の確認
(ステロイド点滴は5回目の今日で終了)
・今後の治療の選択肢(温存vs手術)
・治療法によって期待されること
・治療法によって予想されるリスク
・予後について
・自分なりに調べたこと(ネット情報や人から聞いたことを先生に確認して誤情報を修正)
・転院について(転院先の候補や事前情報など)
・セカンドオピニオンについて

あと数日で聴力の回復が見込めないなら耳の手術をする。(蝸牛窓という小さな膜を閉じる手術)
先生から必要な情報をもらい頭では納得した。
手術に同意することを伝えて、いくつかの同意書にもサインをした。

本音を言えば手術をしたくない。
今の耳の状況であれば、手術が必要だとは思う。先生の説明がわかりにくいわけでもない。手術をした方がいいのは頭では理解している。手術を受けるメリットを数えると、受けない理由の方が納得がいかない。それでも“手術しない方がいい気がする”という勘のようなものに心が疼く。

先生に「手術はしたくない」とは言わなかった。
「お願いします」と伝えた。

私の場合、手術を受けたくない理由はいくつかあったが、一つは過去に自分の身に起こった深刻なアレルギー反応だった。稀なケースだが、呼吸が止まりかけたり、皮膚に火傷を負ったような反応が出ることが何度かあった。

先生は手術に備え、できる限りの準備をしてくれていた。私のかかりつけ医はもちろんのこと、過去に私が受診した全ての医療施設に問い合わせ、アレルギー情報を収集してくれていた。麻酔科医師と使用薬剤を検討したり、大きな病院に移動して手術をすることも打診してくれていた。(コロナ禍の事情もあり、転院は他のリスクも検討した上で中止した)

この日の夕方、先生は午後の診療後が終わるとまた部屋に来てくれた。先生は診察が終わるとほぼ毎日部屋に来てくれる。今日はすでに午前中も話したけども、「調子はどうですか?」と声をかけに来てくれた。

先生は時々、治療に関係のない世間話をしたり笑える話もしてくれた。現在私が在籍している大学院は先生の出身大学ということもあり、いくつか共有できる話題があった。研究室の話や先生が院生だった頃の話を聞かせてくれたりする。こういう話をしているときは「片耳の聴覚を失った患者」としての自分ではなく「普段の私」として話すことができる。

先生は帰りがけにベッドサイドに置かれた何枚もの同意書を手に取り枚数を数えた。「手術の日は一応決めたけど、手術までまだ日はあるから。耳の状況も日々変わるかもしれないし、手術するかどうかはギリギリまで考えましょうか」と言った。

私はこれまで治療に関する同意書にたくさんサインをした。全ての治療は同意書が必要となる。手術について先生から幾度となく説明を受け、最終的に同意書にサインをした。私が何枚もサインをしながら感じたことは、同意をとるプロセスは確かに大切ではあるが、サインをすれば同意というわけでもなかった。あくまで手続上では「同意します」という言葉を使うが、どちらかといえば「賛成(医師の提案に賛成)」というニュアンスが近い気がした。
本心では同意していないことに先生も気づいているような気がした。

治療の選択肢は、私の人生の選択肢でもあった。
「手術をします」「同意します」のサインの重みは「未知の世界へ、未知の通路で行きます」という旅行契約書に「はい、同意します」と書いている気分だった。

本当の意味での「同意」となると私の気持ちは日々揺れ動いていた。もし先生が毎日一言一句全く同じ言葉を使って治療方針を説明したとしても、その日の気分や耳の調子によって、私の反応は違っていたと思う。ネガティブに考えたい日もあれば、ポジティブな日もある。統計的な情報を知りたいと思う日もあれば、勘頼りにしたい時もある。自分で考えることを止めて、全て誰かに任せたい時もある。

自分のふとした行動で難聴を発症し、5日前に初めて出会った先生は私の治療のために手術の準備をし、たくさんの時間を割いて治療の責任を負ってくれている。手術はうまくいって欲しいが、たとえうまくいかなかったとしても、先生の責任でもない。途方に暮れる私の背中を静かに支えてくれる先生は私とってかけがえのない存在だった。

先生は私の話をよく聞いてくれる。例えるなら真っ暗な迷路を迷走する私の横に並んで一緒に足元を照らしてくれる存在とも言える。私が迷路を進むための情報やヒントを提供してくれる。でも無理に「こっちに進もう」と腕を引っ張ることはなかった。どっちに進むかは、私が決めていいんだと思える時もある。

先生は日々揺れ動く私の不安について否定することもなかった。私が言葉が見つからず、黙ってしまうときは、先生も黙って待ってくれていた。

投薬内容(ステロイド点滴5日目)
点滴: 水溶性プレドニン50mg+ソリタT1(200ml)
内服薬:カルナクリン錠、メチコバール、ムコスタ、キプレス、ネキシウムカプセル、アデホスコーワ、マグミット、アレロック

参考
Shared Decision Making. NHS England. 
https://www.england.nhs.uk/shared-decision-making/

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