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電話(2人15分)

作:久野那美

※「短編集3 鳩」より

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登場するもの: 夫
         妻

早朝。ぷるるるる。電話が鳴る。
 
夫 (電話の音で目を覚ます。慌てて起き出して受話器を取る。慌ててるのでうまくとれなくてばたばたして・・・それでもなんとか・・・)・・・あ・・・は・・・はい。
妻 ・・・・・・おはようございます。
夫 おは・・・は・・・? え?おまえ、今、どこに・・・
妻 台所。
夫 どこの?
妻 うちの。
夫 は?え・・・あれ?俺は・・・
妻 寝室。
夫 どこの?
妻 うちの。
夫 ・・・。(起きぬけの頭の中を整理している)
           
夫 いつ、帰ってきたんだよ・・・
妻 ・・・2時間くらい前。
夫 今何時?
妻 7時半。
夫 大丈夫か?
妻 何が?
夫 何がって・・・
妻 落ち着いて普通に話してるでしょ。
夫 ・・・うん。
妻 声も大きくないでしょ。
夫 ・・・うん。
妻 異常な言動も見られないでしょ。
夫 ・・・うん。いや、そうじゃなくて・・・・・・・・・・・・無事なのか?!
妻  無事。
夫 そうか・・・。よかった。いや・・・違う。日曜日の7時半にうちの台所からうちの寝室へ電話がかかって来た。これは普通のことなのか。充分異常じゃないか。
妻 だから、それを今から説明しようとしてるんじゃない。
夫 だいたい、何だよ。夜中に寝間着につっかけで飛び出して・・・信じられないよ。心配するだろ。
妻 寝間着じゃない。スウェット。
夫 一緒だよ。
妻 違うじゃない。
夫 ・・・どこ行ってたんだよ。
妻 ・・・。
夫 どこ行ってたんだよ。
妻 ・・・いろいろ・・・。コンビニとか、本屋とか、ファミレスとか・・・
夫 どうするんだよ。何かあったら。ここんとこ物騒なのに・・・、
妻 結婚して2年。
夫 ??
妻 はじめて会ったのが4年前で、あなたがすぐ福岡へ転勤になって、遠距離の期間が2年。
夫 ・・・なんだ?
妻 ちょうどおんなじ2年。
夫 なんだよ。
妻 折り返し地点だ。
夫 勝手に折り返すな。
 

 
妻 夢、みた。
夫 夢?
妻 さっき。
夫 どこで?
妻 ファミレスで寝てたら・・・
夫 お前、また・・・
妻 うとうとしただけよ。
夫 つまみだされるぞ。
妻 出されませんでした。
夫 そのうちなあ・・・
妻 夜中だから外は暗くて。真っ暗な中で電話機がもうひとつの電話機を呼んでたの。
夫 は?
妻 だから、夢。
夫 ・・・電話機の?
妻 うん。電話機の夢。真っ暗な中で電話機がぷるるるる、って遠くの電話機を呼ぶの。もうひとつの電話機はずいぶん遠くにあるもんだから、姿はどこにも見えないんだけど。だけど電話機が遠くから呼ぶと、ちゃんとぷるるるって鳴るの。
夫 ・・・ 
妻 遠くにある2台の電話機が、同じ時間に、違う場所で、おんなじ音で、ぷるるるって鳴るの。
夫  ・・・
妻 目が覚めた。
夫 ・・・
妻 あの音だと思った。
夫 ?
妻 ずいぶん聞いてない。なかなか見つからなくて・・・探してたら朝になっちゃった。
夫 ?
妻 でも見つかった。
夫  ?
妻  引っ越しの時、いろんなもの処分したよね。
   あなたの冷蔵庫、私のテレビ、あなたの電気湯沸かし器、私のベッド・・・、
   ふたつあったものが、みんなひとつになった。
夫  ふたりとも、一人暮らしだったから・・・。
妻  あなたのテレビ、私の冷蔵庫、あなたのベッド、私の湯沸かし器・・・
   見慣れたものばっかり置いたのに、見たことない部屋ができた。
夫  ・・・
妻  遠くの部屋で別々に見てたはずのものがいっぺんに目に入る。変な感じがした。

あなたのカーペットの上に私のクッションがある。私のカーテンの前にあなたの本棚がある。あなたのテレビの横に私のビデオがある。

夫 ・・・
妻 電話機もひとつで充分だった。
夫  あ・・・
妻 ひとつ片づけた。
夫 ・・・
妻 結婚して。いろんなことが一緒にできるようになったけど、ひとつだけ、できなくなったことがあった。
夫 ?
妻 夜中に、あなたの部屋のベルを鳴らすこと。
夫 ・・・
妻 朝一番にあなたの部屋のベルを鳴らすこと。
夫 ・・・
妻 ベルが鳴るのをじっと待ってること。
夫 ・・・
妻 ・・・・・・私が、アパートで使ってた電話機。
夫 え?
妻 これ。
夫 ・・・。
妻 そっちは、あなたがアパートで使ってた電話機。
夫 ・・・
妻 つないでみた。・・・・・・・・・ベル、鳴った?
夫 うん・・・。なんか音が違うような気がするけど。
妻 回線がひとつだから、内線しか使えないのよ。
夫 それはそうだよな・・・。
 

 
妻 ごめんなさい。
夫 え?
妻 昨日は言い過ぎました。
夫 いや・・・。ごめん、・・・その・・・
妻 あんまりおんなじこと言わせるから・・・何回言ってもきいてくれないから・・・
夫 いや・・・ごめん。わかってる・・・んだけど・・・。
妻 でも「どんな理由があろうとも」夜中に飛び出したりファミリーレストランで寝たりしたのは私が悪かったです。もうしません。ごめんなさい。
 
しばらく。
 
夫  腹、減ってない?
妻  ・・・・・・・・・減ってる。
夫  なんか食おうか。
妻  ・・・うん。
夫 米焚いといたから。
妻 嘘・・・
夫 8時に炊けるはず。
妻 ・・・え?あ・・・湯気出てる・・・。
夫 じゃあ。もう行くよ。電話切るから。
妻 え?
夫 電話・・・
妻 行くってどこへ?
夫 だから、台所。
 
ぷるるる・・・。遠くからふたつのベルの音。   


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