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登場するもの: 男  女


   夏の終わり。
   誰もいない海・・・のはずが、波打ち際に女がひとり座っている。
 
   片手には、靴。片方だけの靴・・・。
 
 
女 (振り向いて)誰?
男 いや・・・
女 知らないの?今年はもう泳げないのよ。だって・・
男 知ってる。
女 何してるの?
男 泳ぎに来たわけじゃない。
女 そうみたいね。
男 君は・・・・
女 私も。
男 え?
女 泳ぎに来たわけじゃない。
 
    波の音
 
女 何見てるの?
男 いや・・・
女 この靴?
男 どうしたの?その靴・・・?
女 おかしい?
男 いや・・・・
女 私が、靴を、持ってるのが、おかしい?
男 いや・・・そうじゃない。
女 そうじゃない。
男 ほんとに。そうじゃなくて、どうして、片方だけ持ってるの?
女 かたほう。
男 もう片方は・・どうしたのかなと思って・・。
女 ふたつあればいいのね。
男 あ・・・・。
女 ここにあるのはひとつだけ。かたほう。
男 ・・流れちゃったの?
女 何が?
男 だから・・その、もう片方の、靴・・。
女 ・・・・
男 それとも・・・流れてきたの?片方だけ・・。
 
  波の音
 
女 そんなことわからない。(困っている)
男 え?
女 でも、どっちかなのね。
男 ・・・
女 かたほうだけ流れていっちゃたのか。
かたほうだけ流れてきたのか。
男 ・・・・・。
女 つまり、どっちかなのね。この靴は。足りないのか。余ってるのか。
  
     ちゃぷちゃぷ。海をかきまぜる音。
 
男 (話題を変えてみたりして)何してるの?ここで?
 
 女はまたこちらを振り返る。
 
女 (笑っている)
男 何?
女 泳げない海なのに。
男 ?
女 いろんなひとに、会うのよ。ここで。(不思議そうに)
男 ・・・
女 失くしたものを探しに来るひと。
失くせないものを捨てに来るひと。 
男 ・・・・
女 だけど結局なんにもしないで帰っていく。
男 ・・・・・
女 しょうがないよね。海は泳ぐところだから。
(男に)今年はもう、泳げないのよ。
男 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・知ってるよ。
 
 
男 彼女はそのまま、僕に背を向けて、さっきまでと同じように遠くへ目をやった。
  そしてもう、振り返らなかった。
  暑かった一日の向こうに、大きな太陽が沈み込もうとしていた。
  波の上で揺れる彼女の腰から下は、光る鱗に包まれた魚のしっぽの形をしている。
  もし、ひとそろいの靴を持っていたとしても、彼女はその靴を履くことはないだろう。だけど、かたほうの靴さえ持っていなかったとしても、
  彼女は自分の靴を手に入れるためにいつまでもここで待ち続けるかもしれない。
  もしかしたら彼女は確かにこの海で、片方の靴をなくしてしまったのかもしれない。そしていつか、もう片方の靴さえも、なくしてしまうのかもしれない。
 
  僕はなかなか立ち去ることができなかった。
  たしかに、このまま、なにもできないまま、だけど、
 暮れていく海の向こうを、彼女といっしょにしばらく見ていたかった。

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