漫文駅伝特別編 『アル北郷人生挽歌~続きを待てずに』㊺ アル北郷
小3の秋、初めて食べた立ち食いソバの月見うどん。
同じ年の冬、初めて食べた吉野家の牛丼(並)。
小4の春、初めて食べたマクドナルドのビッグマック。
これらの食の衝撃は忘れられない。味もさることながら、その時の状況も、今もはっきりと覚えている。
土曜の午後、西武新宿に映画を見に行く前、当時住んでいた最寄り駅、西武池袋線・狭山ヶ丘駅前の、山本コウタロー似の店員のおばちゃんが出してくれた月見うどん。最後まで生卵を崩さず、ラストにつるんと汁と一緒に飲み込んだ時の、卵と汁が口の中でケミストリーした、あの得も言われぬ味わいに、心底「うめ~!」と歓喜した。
恋ヶ窪に住んでいた、親戚のおにーちゃんと国分寺に遊びに行き、その時に連れて行ってもらった吉野家。出て来る速さと、客の誰もが夢中になってかきこみながら食べている状況に興奮し、大人の真似をしてかきこんで食べた。旨い!旨すぎる!大人はこんな旨い物を気軽に食べているのか? 驚愕した。
新宿のマックで、映画を待つ間、セットでなく単品で頼んで食べたビッグマック。確か450円だった。その大きさに「食べきれるかな?」と不安を覚えたが、一口かじった瞬間、舌から脳にデリシャスな感動が走り、二口目からは一心不乱にガッツいて食べた。食べ終わった後のあの満足感。幸せでした。
食の記憶は鮮明で、本当に忘れられない。
そんなわたくしの 勝手なグルメメモリーの中でも、その状況、味、全てにおいて最も忘れられない感動の記憶といえば、1997年の秋、初の殿との食事で、連れていって頂いた、「叙々苑・游玄亭・西麻布本館」で口にした、特選カルビと上ネギタン塩。これに尽きる!
当時、わたくしはダンカンさんの付き人を務めていた。
ダンカンさんの付き人になって、二年が過ぎようとしていた。
そんなわたくしに、人手不足からか、“殿のゴルフ当番”という仕事が回って来た。
なんでも、殿がしばらく辞めていたゴルフを再開し、芝にある、バカでかいゴルフ打ちっ放し練習場に通うことになったのですが、その際、練習場の1階真ん中あたりの“良い打席”を確保する人手が必要となり、末端の弟子のわたくしとガンビーノ小林の二人に、そのお鉢が回って来たのです。
で、このゴルフ当番、やってみたら、とにかく良い事だらけでした。
まず、殿に会える回数が増えた事。
次に、当時のたけし軍団内において、“殿回りの仕事”は、最重要案件だったため、例えダンカンさんの付き人中であっても、「今日は午後から殿のゴルフ当番ですので、途中で失礼します」といった感じで、堂々と抜ける事ができたのです。
それはもう水戸黄門の印籠のようなもので。「殿のゴルフ当番です」と一言発すれば、しんどくつらい付き人仕事から解放される事が簡単に出来たのです。
これを利用しない手はない。
ゴルフ当番がない日も、「ゴルフ当番です」と嘘をつき、付き人を抜け遊びに行った日も何度かありました。
とにかく、ゴルフ当番をやるようになってから、それまでの、朝から晩まで続く付き人漬けの生活から解放され、身も心も軽くなり、毎日がすこぶる楽しくなってきたのです。
ゴルフ当番って、どんな事するの?説明します。
まず、殿の運転手の「ショー小菅」から、午前中に「今日、殿は17時に仕事が終るから、17時半には練習場へ行くから」そんな連絡が入る。
殿が17時半に練習場にやって来る。そうなると、2時間前の15時半には練習場へ行き、‘‘良い打席‘‘を予約をして席が空くのを待つ。
今はもうない、芝にあったゴルフ練習場は、あの頃は常に大混雑で、1階の真ん中あたりの ‘‘良い打席‘‘ は、1時間待ちが当たり前でした。下手したらもっと待つこともあり、殿の到着ぎりぎりにやっと確保できた事があるほど、‘‘良い打席‘‘を取るのは、実に困難な練習場でした。
ちなみにその練習場、元プロ野球選手、芸能人、アウトレイジな方などが良く利用されていた練習場で、ある日、駐車場から正面玄関、廊下、打席と、誰がどう見てもゴリゴリのアウトレイジな面々が手にトランシーバーを持ち待機していた事があって、そこに現れた男は、雑誌・アサヒ芸能のやくざ紹介特集記事で見た事のある、大物アウトレイジだった事がありました。
あと、当時、そんなアウトレイジな方々が乗っているベンツと、殿が乗っていたベンツが同じ色、同じ車種だったので、一度間違って正面玄関に入ってきたアウトレイジのベンツのドアを開けそうになり、殺気をおびた、深海魚みたいな顔したアウトレイジから、がっつりと睨まれ、肝を冷やした事もありました。
で、打席の確保ができれば、おしぼり、水、球をセットして殿の到着を待つ。
時間になり、ショー小菅から「そろそろ着くよ」と連絡が入り、正面玄関へ出て殿を出迎える。
正面玄関の前は広大な駐車場になっていて、遠くの正門から、殿が乗って来るベンツS600が見える。ここで一気に緊張が増す。
毎回どきどきしながら、到着したベンツの後部座席の重たいドアを開け、「おはようございます」と殿にご挨拶。
殿は「おう」と声を出し、ベンツを降りて打席へ向かう。
わたくしはベンツの後ろに回り、トランクを開け、ゴルフバッグとシューズを取り出し、先に歩いて打席に向かっている殿を後ろから追い越し、一足先に打席に着き、シューズを出し、クラブのカバーを取って、殿がくるのを待つ。
やや遅れて打席に到着した殿から「おい、小菅と飯くっちゃえ」と指示があり、殿が練習をしている間、ショー小菅と練習場内にある、カレーが3500円もするレストランで食事をとる。
食事が終われば、頃合いを見て、殿の練習状況を打席に確認しにいく。
殿は決まって、200球ほど球を打つと練習を切り上げる。
そのタイミングを見計らって、バッグとシューズをピックアップし、一足先に駐車場で待機しているベンツに積み、殿がやってきた所でドアを開け、「お疲れ様でした」と。
「おう。じゃーな」と殿から声がかかり、車に乗り込み殿は去って行く、これが一連の流れです。
そんな当番を小林と二人交代でやり、週3日はこの当番をこなしていた。
殿との会話はほとんどなく、先に書いた「おう」と、「小菅と飯食っちゃえ」と「おう。じゃーな」の基本3回のみ。それでも殿から直接声をかけて頂けるのが嬉しくて、帰りはいつもルンルンでした。
そんな当番を続けていたある日、いつもように、遅い午後に打席の予約を済ませ、殿を待っていると、ショー小菅から電話が入った。
小菅「北郷、今殿から言われたんだけど、『いつもいるあのあんちゃんに、待ってる間、レストランでカレーでも食ってろ』だって。だから、カレー食って待ってなよ」と、なぜか殿から、カレーを指定された謎の伝言を受けた事がありました。あれは一体なんだったんだろう?
とにかく、付き人を抜ける事ができて尚且つ殿にお会いできる、
良い事づくしのゴルフ当番だったのですが、さらに“良い事”が待っていたのです。
その日もいつものように打席を確保し、準備万端で殿の到着を正面玄関で待っていた。
殿のベンツが到着し、やはりいつものように「お疲れ様です」とご挨拶を入れ、「おう」といった殿からの声を聞き、トランクに回り荷物をピックアップしていると。いつもは車を降りるとすぐに打席に向かって歩く殿が、わたくしを待つ形で、止まってこちらを見ている。と、「あんちゃん、この後飯食いに行くからよ、今日は飯食わないでちょっと待ってろ」
「は、はい」
まさかの、殿から初のお食事へのお誘いを受けたのです。
弟子入りして約二年。唐突にやってきた、殿とのお食事。
高ぶる気持ちをなんとか押さえ、いつものようにゴルフバッグとシューズをトランクからピックアップしたわたくしは、少しばかり顔をニヤつかせながら、確保した打席へと向かったのでした・・・。
つづく。
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