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漫文駅伝『三浦マイルドの田舎暮らし』 第2回 三浦マイルド

今回は、島で出会った奇妙な人物について書きます。

昨年の秋頃、私は母親を遠距離介護をしており、東京と江田島を行き来しておりました。

東京では、芸人仲間達と深夜2時、3時頃まで酒を飲む様な生活をしておりましたが、島ではそうもいきません。

夜22時を回ると、居酒屋は軒並み閉店していきます。
深夜、開いてるのはスナックのみです。

東京みたく、半分浮浪者の芸人や役者が安価で朝まで遊べる様なお店はないのです。

深酒がしたいのなら、家飲みをすれば良いのですが、島にいる友人達は、皆、結婚して子供がいます。

以前は、帰省した時には同級生の家で、家飲みをしていたのですが、小学生のお嬢ちゃんに、明らかに歓迎されていない反応をされました。

呼び鈴を鳴らすと、玄関まで鍵を開けに来てくれるのですが、
第一声が「お母さーん!また来たよー!」

お酒を飲んでる時も「ねえ、ねえ、いつ帰るの?」

と聞いてくるのです。

そのお嬢ちゃんも、もう中学生になりました。
親戚でもないオッサンが家にあがりこんできて、リビングで酒を飲んで酔っ払っていたら心底気持ち悪いだろうなと思い、最近は同級生の家に行くのを遠慮しています。

必然的に、夜は早く寝る規則正しい生活リズムとなり、早朝に散歩するのが習慣となりました。

いつもの様に朝方、港の周りを歩いていると、見ず知らずの中年男性に声をかけられました。

「三浦マイルドさん!お会い出来る様な気がしてました!
私は秋月の大行寺という寺で、副住職をしている大田と言います。出身は京都なんですが、今は江田島に住んでいます。大学は東京大学を卒業しており、この10年間、欠かさずプールで泳いでおります。」

と、聞いてもないのに、自分の紹介を速射砲の様にまくしたてるのです。
相当、面食らいました。
続け様に
「これも何かの縁です。マイルドさん、今から山にドライブに行きましょう」と言うのです。

私は直感で「殺される」と思いました。
この令和の時代に、大久保清の様な手口を使う殺人鬼が存在するのかと。

「いや、よく知らない人の車に乗れないので、、」

と断ると
「一度、飲みに行きましょう。今晩どうですか?」と誘うのです。

「今日は、ちょっと都合が悪くて、、」
「じゃあ、明日はどうですか?」

この自称坊主は、ものすごく押しが強いのです。

素性がよく分からない人間と飲むのは怖いと思う反面、島での生活に、少々退屈さを感じていたので、連絡先を交換し、次の日に飲みに行く事にしました。
この人物が狂人であったとしても、何かエピソードになれば良いかなと。
これが芸人の性です。

「では、また明日」と約束を交わし、帰宅すると、その自称坊主からスマホにメッセージが送られてきました。

「明日ではなく、今日、飲みませんか?」と。

ここまで挙動がおかしい人間に出会ったのは、正直、チャンス大城さん以来だと思いました。

まさか、島でこんなヤバいのと知り合えるとは。

「いや、今日はダメなんですよ。明日お願いします」

こいつは、本当におかしい人間かもしれないから、気をつけようと、緊張感が高まりました。

そして次の日、魚が美味しい居酒屋のカウンターで飲む事になりました。

のっけから「今日は、僕はマイルドさんと同じものを飲みますね」
と何の意味があるのか、よく分からん事を宣言されました。
三杯ほど、生ビールを飲み、二杯ほど、酎ハイを飲んだ後、私は芋焼酎を飲む事にしました。

「すみません、芋焼酎をソーダ割りで」
と注文すると、その自称坊主は
「マイルドさん、お湯割りにしてくれませんか?」
と言うのです。
「は?何でですか?」と問うと
「僕は今日、マイルドさんと同じものを飲みたいのです。僕は芋焼酎はお湯割りで飲みたいので、マイルドさん、お湯割りを頼んでください」

いや、各々、好きなもん飲めばええやん。

この人は、どういう思考回路になっているのか?

IQが20違えば会話が成立しないと言うし、自分の様な凡人には理解出来ない事を言っているのだろうか?

悶々としていると、隣に座っていたオバさんに話しかけられました。

「あんたら自衛隊さん?」

その、ぶっきらぼうな物言いに、少々気分を害した私は
「いいえ、日本共産党ですう。」
と返事しました。

オバさんは「まあ!」と一言だけ言い、険しい顔になりました。

おそらく、こんなガキにおちょくられたと思い、腹が立ったのでしょう。

すると
「あ、あんた、見た事あるよ、芸人さんじゃろ?」と言い出しました。

「あんたら自衛隊さん?」と声をかけてきたのですが、本当は最初から私の事を知っていたのかもしれません。

「あんた、一時、テレビ出よったのに、最近、見んようになったねえ。もう芸人やめたんね?」

と、言葉の鈍器で、僕の頭を容赦なく殴りつけてきました。

これに対し、隣に座っていた自称坊主は激昂しました。

「テレビに出てるだけが芸人じゃないんですよ!
舞台で輝いてる芸人だって、いっぱいいるんですよ!あなた、マイルドさんが最近、どんなネタやってるか知らないでしょ?三浦マイルドはずっと進化してるんですよ!」

心にジンときました。

この時まで、ただの変人奇人だと思ってました。
いや、相当な変人奇人なんですが、心根は良い人だなと。

私が心を許した瞬間でした。

その、オバさんは居づらくなったのか、そそくさと帰っていきました。

今から、楽しく飲めば良い
そう思ったのですが、この坊主の怒りは一向に収まりません。

「あのババア!舐めやがって!
俺は市長と友達なんだぞ!
江田島に住めなくしてやろうか!」

と、仏の道を歩んでる者とは思えない程の汚い言葉を発するのです。

言わずもがなですが、市長が市民の居住権を奪う事は出来ません。

この大分おかしい坊さんと親交を深めていくとは、この時は思ってもみませんでした。

〈続く〉

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