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漫文駅伝特別編 『アル北郷人生挽歌~続きを待てずに』㊸ アル北郷

夢のラスベガス。
映画「カジノ」のラスベガス。「ハングオーバー!」のラスベガス。
「ラスベガスをぶっつぶせ」のラスベガス。

高校を辞めた18の頃、朝から高田馬場のスロット屋、「白鳥」に並び、そこで小銭を稼ぐ事だけで生計を立てていた過去のあるわたくしにとって、24時間博奕が打てる、ギャンブルの街ラスベガスは、死ぬまでに一度は行ってみたい憧れの地でした。そんなラスベガスに、まさか、殿と行ける計画が勃発するとは?
今日はその辺りの話を書かせて下さい。

あれは15年程前、北野映画「座頭市」が紡いだご縁で、浅草興業界のゴッドマザー、ロック座の斎藤智恵子ママと、殿、そして図々しくもわたくしくを含めた、若手の弟子10名で食事をしていた春先のこと。

毎年、年末から正月にかけ、ラスベガスで豪遊する斎藤ママが、「監督(殿の事ね)、今年の年末は、軍団の若い子も連れて、みんなでラスベガスに行きたいわね」と、唐突に発言されたのです。
もちろん、殿は即座に、「ママ。いいよ。こんなやつらと行ったって、面白くないよ」と、笑いながら当然の断りを入れたのです。

が、その日から、殿と斎藤ママの食事会が何度か開催されると、かの、 ‘‘夢のラスベガス行き”は実現度を増し、あれよあれよという間に、殿、そして弟子の若手10名までも、完全な斎藤ママの仕切りのもと、その年の12月28日から翌年の1月6日まで、ラスベガスへ上陸する、夢の一大博奕ツアーが決定されたのです。

これにはわたくし驚きました。
殿のおまけのポンコツ集団の弟子10名までも、ラスベガスに招待するなど、誰も考えつかない荒技です。凄い方が世の中には居るんだな~と、本当に驚愕いたしました。

で、そこから年末まで、わたくしのワクワクは日を追うごとに増大し、ネットで“ブラックジャック必勝法” “バカラ必勝法”などを調べては一人勝手に興奮し、「こんなチャンスは二度とない。なんてったって24時間博奕が打てるのだから。よし、絶対に勝って日本へ帰ってきて、古いカワサキのバイクを買うぞ!」と、意気込んでいました。
そんな、ワクワクしていたわたくしをさらにワクワクさせる展開が!
なんと殿から、「あれだな、みんなでロサンゼルスからバスを貸し切って、宴会しながらラスベガスに入るってのもいいな!あのいかにもアメリカ映画に出て来そうな、グレイのデカいバスでよ」と、斎藤ママに提案が。
すると斎藤ママは即座にその案を旅行会社にお伝え。結果、日本~ロスまでを飛行機で。ロスからベガスまでの、約430㌔の道のりを、4時間程かけて、チャーターしたバスにて宴会をしながら移動する、ドリームツアーが追加決定されたのです。
殿がおっしゃった、「あのいかにもアメリカ映画に出て来そうな、グレイのデカいバス」は、わたくしも映画の中で何度も拝見していた、憧れのバスでした。
「真夜中のカーボーイ」「ガントレット」「プリシラ」などなど、とにかく、憧れのラスベガスに最高な形で行ける!それも、憧れて熱をあげ、弟子にして頂いた殿と!
この時ばかりは、「生まれてきて良かったな~」と、まだ旅立つ前ではありましたが、心の中で一人勝手に歓喜いたしました。

月日は流れ12月。
その年の仕事納めも無事終了。あとはベガスへ旅立つだけとなり、気分は否応にも高ぶって行く。その気分の高ぶりはまさに、
「真夜中のカーボーイ」のジョン・ボイトが、田舎を捨て、バスで夢と希望のニューヨークを目指したあのオープニングの高ぶりと一緒だった事でしょう。

いよいよベガスへ飛び立つ当日。
我々ポンコツ集団の若手10名は、早朝6時10分発の新宿発成田空港行きの成田エクスプレスにて空港へ。殿はお車で空港へ。

駅でみんなに落ち合うと、誰も彼もが高揚した顔つきをしていた。

時間通り飛び乗ったエクスプレスの我々の座席回りは、まるで夢を運ぶ「銀河鉄道999」のごとき、幸福感に包まれ、皆、朝からテンションが異様に高く、ニコニコが止まらない。
が、そんな、ある意味幸せの絶頂期にあったわたくし達を、奈落の底に突き落とす、最悪の電話がわたくしの携帯電話に入ったのです。

着信は殿の運転手の弟子、「西村」からでした。
電話が鳴り、携帯画面に「西村」と出た瞬間。嫌な予感がした。
早朝にメールでなく、直接の電話です。なにかあったと疑い、嫌な予感を発動させるのは、わたくしでなくとも、誰も抱く第六感でしょう。

わたくし「もしもし。どうした?」
西村「はい。あの、今殿から連絡がありまして、俺はラスベガスには行かないとおっしゃってます」
わたくし「え!!! どういう事?」
西村「はい。俺抜きで、みんなで楽しんで来いとの事です」
わたくし「ちょっと待ってよ、殿は遅れて来るとかじゃなくて、来ないの?行かないって言ってるの?」
西村「はい。行きません。なので北郷さんから、斎藤ママにお伝えしてほしいです」

大変な事になった・・・・。

まさかの殿抜きの旅。殿がいるからこそ、弟子のポンコツ集団10名も、図々しく旅に同行させて頂いているのに、主役の殿が来ないなんて。

本当に、大変な事になった。

半年前から準備をしてきた夢の旅が、一気に悪夢になり、空港へ行くのが憂鬱になっていく。
当然、殿のファーストクラスも、ホテルのスイートも全て予約済みです。それが全てパーになる。

あー。大変な事になった。

とにかく、まず今考えるべきことは、この驚愕の事実を、殿との旅をことのほか楽しみにしていた斎藤ママに、どうお伝えすればいいのか? それが問題だ・・・。
てか、行けなくなった理由、聞いてないぞ!

つづく。

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