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漫文駅伝特別編 『アル北郷人生挽歌~続きを待てずに』㊲ アル北郷

先日、自宅にて、ドキュメント「NHKスペシャル・若者を狙う闇の錬金術~調査報告・借金投資の罠」を見ていたわたくしは、テレビに向かい一人つっこんだのです。

「最近の若いのは簡単に騙されるんだな。だらしねーな」と。
が、つっこんだ瞬間、ある出来事はフラッシュバックし、今つっこんだばかりの言葉を撤回したくなりました。

人間、環境さえ整えば、簡単に騙される。

今回は、わたくしが見事騙された、ドッキリについて書かせて下さい。

あれは北野映画10作目、「Dolls」(2002年公開)撮影時の事。

当時、殿の付き人を務めていたわたくしは、朝から晩まで北野組のロケ現場にて、北野武監督の後をちょろちょろと付いて回っては、四苦八苦していました。
映画の現場の付き人は、テレビの収録現場と比べて、ことのほか激務なんです。説明します。
まず、映画は朝が早い。
集合時間は大体が朝7時。日によっては5時半なんて日もある。
次に、映画の現場での付き人は、とにかくずっと立っていなくてはならない。
テレビの現場では、収録が始まれば、
「おい、収録中に飯食っちゃえ」といった殿の優しいお言葉に甘えて、付き人は殿の楽屋に戻り、座って弁当を頂く。
さらに、そこから先の長い収録時間での待ち時間は、楽屋を掃除したあとは特にやることもなく楽屋にて待機。要は、テレビの現場は、大変緊張する殿との至近距離でいる時間が意外と短いのです。

もちろん、憧れ、夢中になり、ほだされ、熱をあげ、頼み込んで弟子にさせて頂いた殿です。そんな方のお側に居られる事は夢のようです。
が、あの、オーラが出まくりの、男の色気むんむんの、ピッカピカの、カリスマ臭が立ち込めまくっている殿の至近距離にずっと居ると、緊張のあまり、こちらはへとへとになってしまうのです。

どんなに気持ちの良い温泉でも、長く浸かっていれば湯当たりする。長い時間至近距離に居ると、‘‘たけし当たり”してしまうのです。

で、映画の現場では、手におしぼりを持ち、とにかく殿、いや、監督の移動する場所に、付きっきりで付いていく。
さらに、カメラが回る本番中は、当たり前ですが息を殺し静かにしていなければなりません。これはきっと、何かの病気だと思うのですが、わたくし、1分以上じっとしている事が苦手な子なんです。

それに、映画の現場は常に流動的に動いている。
助監督、照明。カメラマン。録音。衣装。制作。それらのスタッフが忙しなく動き回り、部外者のわたくしは、とにかく邪魔にならぬよう必死です。
映画の現場の付き人に付く初日、殿からはっきりとこう言われました。
「いいか。付き人なんてのは、居ても居なくてもいいんだからな?スタッフの邪魔にならないように、気をつけてくれよな」と。

とにかく、映画大好きっ子なわたくしが、 
‘‘北野組の現場を体験出来るなんて夢のようである‘‘ と、大いに感謝をするものの、へとへとになる現場であるのも事実でした。

で、そんな現場で、最大の喜びは、‘‘ただ、監督の弟子というだけで、北野映画に出演できる事に尽”きます。

しつこいようですが、‘‘監督の弟子‘‘というだけの理由で、この時点で、「HANA-BI」「菊次郎の夏」「BROTHER」と、3本程出演させて頂きました。

で、「Dolls」です。
「Dolls」の製作がスタートし、ロケハン、撮影と進む中で、わたくしは、【引っ越し屋B】といった役を頂き、わりと早い段階から出演が決まっていました。さらに幸運な事に、「おやっさん。終りました」と、セリフまでしっかりとあり、毎日の付き人稼業にも、否応なしにやる気がみなぎっていたのです。

ちなみに、今さっき述べたように、この時点で北野映画には3本出演していましたから、やりなれない役者という仕事に、毎回ド緊張するものの、現場がどんな空気なのかは、それなりに分かっていました。

あと、これは余談ですが、普段は監督の付き人として、不器用に四苦八苦しているわたくしの事をスタッフはよく知っている訳です。
そんな奴が、しれーっと衣装を着て、‘‘今日は俺、役者です”といった顔で現場に現れると、皆さん、いい感じのニヤニヤした顔となり、こちらを面白がってくれるのです。
そんなスタッフの中には、「北郷君、やったね。主役食っちゃうんじゃない?」とか、「意外といけるんじゃない、役者?」とか、実にフレンドリーにこちらをからかってくる方も居ました。
演技の勉強など全くした事がなく、役者としての心構えも全く分からず、孤独な気持ちで現場にいるわたくしにとっては、なんとも心強いわけです。
ある作品では、カメラマンの方が、「北郷。監督に内緒で、ちょっとアップ目に撮っといてやるよ」と、嬉しい声をかけてくれた事もありました。
映画に出演できる。それも大好きな北野映画に。さらに、現場では皆さんが気を使ってくれる。こんな夢のような時間があっていいのでしょうか? 
とにかく、たとえ端っこでも、北野組に参加し、役者として出演できる事実は、本当に夢のような時間なのです。
そんな素晴らしき夢の時間が、まさか、地獄に変わるとは・・・。

「Dolls」の撮影が始まり、五分の一程撮影が進んだある日、いよいよわたくしが出演するシーンの撮影日となりました。

その日ばかりは‘‘役者‘‘のため、付き人は免除され、わたくしは現場に13時位入り。北野組は朝から都内各地で他のシーンを撮影。

ビビりのわたくしは、12時には指定された都内の撮影現場のマンションへ入りました。
この日のわたくしのシーンは、主人公の家の荷物を片付けて引っ越しをする、引っ越し屋Aと引っ越し屋Bのくだり。

用意されたマンションの部屋の楽屋で着替えを済ませ、メイクもしてもらい、こちらはスタンバイOK。

楽屋からは、撮影をしている部屋が離れているため、どんな状況なのか全く分からない。
同じく引っ越し屋を演じる、50代ぐらいの役者の方は、気合十分で、時折腕立て伏せなんかを始めたりしている。

そんな姿を見ていると、わたくしも、「おやっさん。終わりました」と声に出してセリフの確認。
『よし、やるぞ!』と、心の中で呟き、どんどん気持ちは本番に向け高ぶっていく。と、良く知る助監督がおもむろに楽屋へ入ってきたのです。助監さんは、いつものフレンドリーな感じでなく、
しれ-っと、「北郷さん。セリフが増えました。これ、監督からです。急いで覚えちゃって下さい」
そう告げると、北野組恒例の、‘‘短冊”を渡して来たのです。説明します。

基本順撮りで撮影していく北野組は、時に監督がアイデアを足していき、それによってセリフもバンバン変わっていく。特に、はっきりと天才である北野武監督は、少しでも「違うな」と感じたら、ばっさりとシーンを変えてしまう。そこに躊躇はなく、天才的なひらめきで、確固たる次なるアイデアを提示する。
その際、台本には無かった、監督の指示通りの新しいセリフが書かれた、縦長のメモ用紙が役者さんに渡される。それを北野組の面々は、‘‘短冊‘‘と呼んでいる。

で、渡された短冊を見ると、小さな文字でぎっしりとセリフが書かれている。
「は?なんだ!この電波系がこじらせたようなメモは?」
そこにはこんなセリフが。

北郷 おやっさん、この青巻紙赤巻紙黄巻紙って書いてあるダンボール、捨てちゃっていいですか?
おやじ おう。いいだろ。
北郷 あと、あっちの、竹薮に竹立てかけたのは、竹立てかけたかったから、竹立てかけたって書いてあるダンボールも、捨てちゃっていいすか?
おやじ おう、それも捨てちゃっていいだろ
北郷 はい、あと、そっちのラバかロバかロバかラバか分からないので ラバとロバを比べたらロバかラバか分からなかったって書いてあるダンボールはどうします?
おやじ それも捨てちゃっていいだろ
北郷 分かりました。捨てちゃいます。

え! なにこれ?

今思えば、どう見てもありえないセリフなわけで、普通の精神状態でしたら、見た瞬間、
「あ、これはいたずらだな。監督のドッキリだな」と察しがつきます。が、当時のわたくしは、馴れない映画の現場での、馴れない役者の仕事であり、短いとはいえ、セリフもあった役のため、ド緊張している状態です。さらに、これが北野組での初ドッキリでしたので、監督が末端の弟子に、映画の現場でドッキリを仕掛けてくるなど思いもしませんでした。

あと、これは後になって分かった事ですが、助監さんも仕掛人のため、わざと普段より余所余所しい態度で短冊を渡すよう、監督から言われていたそうです。以上の条件が揃った瞬間、こちらに勝ち目などありません。あとは監督の手の平で転がされるのみ。

短冊を見た瞬間、わたくしは全く疑うことなく、「大変な事になった。早く覚えなければ・・・」と、すでに引っかかっていた訳です。そんなわたくしに追い打ちをかけるように、「北郷さん。今日は監督がケツ(次の仕事)があるので、すぐ始めます。それじゃ現場行きましょう」 と、助監さんはあくまで冷たく事務的に急かしてくるではありませんか。
え! マジか!! 覚える時間はないのか? どうしょう・・・・。

つづく。


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