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エッセー 「日本のルアーフィッシング草創期 千駄ヶ谷 " 釣彦 " の想い出」

 1970年代、千駄ヶ谷の鳩森八幡神社の近くに「釣彦」というルアー&フライの専門店があった。

 この店は70年代初頭からルアーとフライフィッシングのタックルを専門に扱ういわゆるプロショップの草分け的存在で、当時のマニアにとってはまさに垂涎の場所だった。かくいう自分も物珍しいルアーや憧れの舶来タックル見たさに出入りしていたマニアの一人である。

 しかし、小学生(当時)の身分では高額な舶来タックルなど買えるはずもなく、眩いばかりのオーラを放つスゥエーデン製ABU(アブ)のリールやアメリカ製Fenwick(フェンウイック)のロッドを、ただただ羨望の眼差しで見つめているだけだった。

 釣彦で初めて高額なロッドを購入したのは忘れもしない1977年、当時ルアー・フライ界のトレンドリーダーであった月刊フィッシングの誌上において「本栖湖のモンスターブラウン」の話題が取り上げられ始めた頃だ。

 富士五湖の一つである本栖湖に巨大なブラウントラウトが生息しており、厳冬期には岸から釣れるというのだ。誌面では厳冬の本栖湖の湖畔からキャスティングをするアングラーと、釣りあげられた巨大なブラウントラウトの写真が掲載されていた。

 その記事を読んで「モンスターブラウンは俺が仕留める!」といきり立ち、小遣いを貯めた全財産を握りしめて千駄ヶ谷の釣彦に向かったのである。

 店に入るや否や「モンスターブラウン用のロッドは何がいいですか?」と興奮気味にわけのわからない質問をする高校生に対し、細身でダンディなオーナーはバカにする事もなく真摯に対応してくれた。

 岸からのロングキャストとなるためロングロッドの方が有利だということで、フライロッドで有名な英国Hardy(ハーディー)社の7フィート(2ピース)と、銃器メーカーでも有名なアメリカBrowning(ブローニング)社製の6.6フィート(2ピース)の2本を薦められた。

 価格はほぼ同額(ブローニングの方が若干高かった)だったが、元帝国海軍で軍事品の素材研究をしていたという経歴を持つオーナーのアドバイスもあり、ブローニングを購入した。

購入したロッドはBrowning No.332915(ブローニングNo.332915)というスピニングロッド。長さは6.6フィートの2ピースである。

オーナーによれば、ブローニングはSailaflex(サイラフレックス)構造という軽量で強靭なグラスファイバー素材を使用した特殊な構造を採用しているため強烈な引きにも余裕で対応できるとのことだった。

 強靭な素材と特殊構造、そして極めて丁寧な仕上げにより、長年使用してもロッドのヘタリは殆ど無いとのことだった。

 それから43年の歳月が過ぎた。パートナーを組んでいたミッチェル408こそ変わったが、Browning No.332915(ブローニングNo.332915)は未だ現役だ。

 モンスターブラウンこそ仕留められなかったものの、数知れぬ魚達を釣り上げた。その素敵な出会いはすべてコルク製のグリップに染み込んでいる。

 調子はややファーストテーパー気味のスローテーパー。大型のブラックバスが乗ると驚異的な粘りを見せるバッド(胴)が強烈な引きをいなす。30cm程度のバスならばフッキングと同時に手元に飛んでくるほどパワフルなロッドだ。

 43年間使用してもヘタリは全くない。ピンと張ったままである。カーボン製ではなくグラスファイバー製のロッドがである。Sailaflex(サイラフレックス)恐るべし。

 購入当時(1977年)は26,000円もしたロッドだが充分に元は取った。いや、充分過ぎるほどだ。それより何よりも共に過ごした楽しい思い出はプライスレスである。

 マスターピース(傑作)ロッドを薦めてくれた釣彦のオーナーには今でも感謝している。

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