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鶏肉を揉むたびに「下味」を思い出してきっと泣いてしまう #全部を賭けない恋がはじまれば

体育館にふざけたコールが鳴り響く。
「いなり!」チャチャチャ!
「いなり!」チャチャチャ!
わたしの好きな男がボールを持つたびに、ギャラリーから「いなりコール」が起こる。
数日前の体育の授業で、彼はトレーニングパンツからイチモツがはみ出ていたらしい。「いなりコール」は、それを発見した悪友たちからの愛のコール。彼にはお気の毒だけど、処女だったわたしは「ほう、いなりなのか…」とわけもわからず感心した。

金玉は、いなり寿司。

数年後、殿方とセックスするようになったわたしは、いなり寿司は金玉のビジュアルのみの例えだったと知る。なるほど。握った感じはいなり寿司のそれとはちがって、ほわほわでちょっと重い感じ。いなり寿司ほど重くも固くもないんだなと、熱心に確かめた。それでも、多感な時期に得た強烈な「いなりコール」の思い出は、わたしの初恋っぽいものの中にずっと残っていた。

金玉は、いなり寿司。

30年以上もそれを胸に留めていたのに、このたびそれを塗り替えられる事態が起こった。しかも鶏肉に、なんとから揚げの下味付けの工程に塗り替えられた。から揚げが大好きな子どもたちと暮らすわたしは、鶏肉を揉むたびに稲田万里の「下味」を思い出す。わがやでは1kgの鶏肉を揉まなきゃならないけど、きっと小説にある「300g」が金玉にはちょうどいい。

でも300gで足りるときがきたら、きっとわたしは泣いてしまう。
鶏肉を揉むたびに「下味」を思い出してきっと泣いてしまう。

稲田万里の重罪、そして功罪。
ひとの心に何かを残す人は、ほんとうに怖い。

#全部を賭けない恋がはじまれば

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