性癖戦争

 一之瀬純也は、快男児である。
 今日も帰宅中、コンビニで同級生女子が上級生に絡まれていたのを、ぶん殴って助けた。
 曲がったことが大嫌いで男気あふれる純也は、皆から慕われている。


 しかし、純也には、誰にも言えない『秘密』がある。


「同人誌にパースの知識なんていらない。必要なのは模写力ゾ」
「べ、勉強になるっス」

 さっき上級生たちを殴った右拳がまだじんじん痛む。純也はその手でアップルペンシルを握ると、言われた通りに描き始める。

「この界隈で大事なのはメインの女の子。背景とか適当に塗っておけばOK。とにかく、自分の好きな絵師の女の子を模写しまくるんだじぇ」

 そう言うと、巻きな子は不気味な声で笑う。

 純也は、教室で先ほど助けた同級生とタブレットを挟み向かい合って座っている。
 それもこれも、この女にスマホのアルバムを見られてしまったのが悪かった。
 純也はしかしこれはチャンスかもしれないと気持ちを入れ替える。
 純也にはどうしても同人CG集で天下を取らねばならない理由があった。

「俺の絵で、あの人を取り戻すんだ──」



 一週間前。

「やっぱりVakkさんの作品は最高だな」

 純也は陶然とし、息を吐く。
 見つめる画面に映るのは『少女が脱皮し、全く新たな生物へと変化する』という絵。
 脱皮少女と呼ばれる、描いている人は今のところ一人しかいない、非常にニッチなジャンル。
 それでも熱狂的な愛好者がおり、純也もその一人であった。

「畜生、今日も新しいのはないか」

 しかし、そんな至高の脱皮少女の絵は、もう数ヶ月も描かれていない。
 純也は作品一覧をリロードする。

「ん?」

 全身から血の気が引く。恐る恐る、もう一度リロードする。

 作品一覧から脱皮少女の絵は、全て消えていた。
 代わりあるのは──ただ可愛い女の子が普通に立っているだけの絵。
 手描きではなく、AIによって描かれたものだった。

【つづく】

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