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あちらの皆さんにデザートを

今は昔

どこぞで格闘技興行を観戦した帰り、地元まで真っ直ぐ戻ると、もう夜もいい時間であったが、まあちょいと一杯やっていこうということになって、半個室が設えてあるのが売りの居酒屋に入った。

通された席の隣から、凄まじいおばさん達の、いやご婦人達の嬌声が響いてくる。店員は実に申し訳なさそうに「うるさくてすみません。」と低頭しながら最初の生ビール一杯を店からのサービスと置いていった。

それを飲んだら文句も言えないのだが、昔のTV番組「ドリフの大爆笑」のSEみたいなゲラゲラ笑いがこだまして会話もままならない。こりゃとっとと飲んで河岸を変えるかと思いきや、連れがいつの間に店員を呼んであれこれ注文した後だった。もう耐えるしかないのか。

ご婦人達は宴もたけなわで、ますますボルテージが上がっている。その喧騒の中からそれとなく会話を拾ってみると、どうやら職場の有志の飲み会で、上司の悪口やら誰それがデキてるといったゲスい話題で盛り上がってるようである。下ネタが出ると一際ゲラゲラ笑いと嬌声が上がる。もう発情したメスマントヒヒの檻の前で飲んでる気分である。

ところがだ、けたたましいご婦人達の叫喚が、唐突に急にぴたりと止んだ。その後は静けさが続いている。一体どうしたんだ。いや静かなのは嬉しいが、何があったんだ?

俺と連れはそっと覗いてみた。そしてそこの光景を見て思わず吹き出しそうになった。なるほど実に分かりやすい。おそらくコース料理の最後、デザートのシャーベットが供され、メスマントヒヒ共、いやご婦人達は、黙ってスプーンを動かしそれを味わうのに夢中なのであった。

どうやらデザートには、荒ぶる魂を慰撫し鎮める効用があるらしい。それとデザートがもたらす物理的指示作用である。つまりデザートとは〆という記号であり、急速に収束に向かうのだ。

ご婦人達は会費をそれぞれ支払い出ていった。これからは、連れが言った。これからはうるさいおばさん達がいたら、お店の人に言ってデザートを奢って差し上げるといいんじゃないかな。それ自体うるせえ静かにしろと遠回しに言ってるようなもんだけどな。

やれやれやっと静かに飲めるな、と思った矢先店員が来てラストオーダーですと告げた。

そんな飲み屋の喧騒もひどく懐かしい。帰りに軽く一杯、そんなことを口にしなくなって随分久しい気がする。夜の街の賑わいが戻ることを祈っている。


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