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コロナ渦に翻弄されて|日記

2020/08/09
世間はどこもかしこもコロナウィルスで持ちきりだ。僕の周りの間でも例外なくよく上がり、この夏に入る前からお盆の今頃まで特に話に上がった。毎年何気なく行っていた、同級生が帰省し、顔を合わせる、ちょっとしたボードゲームをする、食事をともにする…そんな些細なイベントすら消えかかろうとしていたからだ。

今年は少し奮発して九州に旅行に行こうと思っていた。この企画が上がった頃、コロナウイルスが収まってきた? という雰囲気が出てきた頃で、たしか5月下旬頃だったと思う。ゴールデンウィークがなくなってしまったが、おそらく収まってくるだろう時期を予想してその間に旅行に行こうと画策していた。僕自身、第2波があるというのはなんとなく感じていたものの「おそらく9月以降」だと楽観していた。

ターニングポイントは東京都知事選挙だったと思う。そのあたりからコロナウィルスの感染者が一気に跳ね上がった。僕はこれを「都知事選挙のキャンペーンだろうな」と軽く見ていたのだが(実際そうかもしれないが)、世間の空気はそこで変わってしまったと感じた。いやもともと不穏な空気はあったといえる。それまでなんとか耐えて耐えて、という空気だったのが、そこでとどめを刺されたといった感じになった。

僕はコロナウィルスに対して「本当にヤバい!」「なにもかも終わってしまう!」といった切羽詰まった危機感はあまり持っていない。だから新薬について希望を持っていないし、うがい薬を買うことはなかった。あれも単なる一つの病気に過ぎない、インフルエンザと同じように、かといって軽く見るわけでもない。外出するときはマスクをつけるし、帰ったら手洗いうがいをする。人混みは避けているし、極力外にすら出ない。

僕が言いたいのは「世間の目」だ。コロナウィルスにかかってしまったリスク、そのリスクが実際病気になった大変さよりあまりに大きい。そう思って旅行は中止にして、友達宅でBBQしようとした。が、それすら中止になった。感染者が増えて友達は帰省すらままならない状況に陥ったからだ。

ほんの少し旅行にいける隙があると思ったのだが、ターニングポイントからこの不穏な空気の濃度が一気に濃くなって、いまはもう息苦しいほどに感じる。これから徐々に薄まることがあっても、たぶんこの空気は今年いっぱいはとどまることだろうと思う。マスコミはちゃんと情報を伝えてほしい。

とはいえ、いい時代になった。なにせネットがあればどこでも通話はできる。通話ができればゲームもできて、ゲームができるなら正直どこにいようがそこは同窓会になる。お酒を持ち寄れば飲み会だってできる。

旅行がふいになって残念がっている僕が言うのもなんだけど、お金や時間が空くというのも大きなことだ。ここで使う予定だった資金(お金時間)を別のところにつぎ込むことができ、それは趣味だろうが娯楽だろうが投資だろうが勉強だろうがなんでもいいが、結果的に一種のステップアップ(レベルアップ)になれば言うことなしだ。

コロナウィルスは悪いことばかりではない。落ち着いた時にそう思えたらいいな。


追伸:
写真は友達と集まったときに使おうとしてたマイサイコロです

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