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金(きん)ちゃん

40代後半で後先考えずにマンションを買って、その11階に住んでいた時の話です。

部屋には幕張側と筑波山側に2つのベランダがあって、非常に眺めがよかったです。特に素晴らしかったのは玄関側から見た冨士山とスカイツリーでした。毎日三脚を立ててレリーズ撮影していました。

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さて、ベランダです。幕張側のベランダにはプランターでゴールドクレストやトネリコなどいろいろな植物を育てていました。そこを物干し場としており、かみさんが毎日そこで洗濯物を干していました。

ある日、かみさんの悲鳴が聞こえました。何かあったのかと慌ててベランダに出ると「亀がいる」と言うのです。

「え?」マンションの11階に亀などいるはずはありません。「どれどれ?」と見てみると、本当に体長10センチほどの小さな亀でした。体中に渇いた泥が付いていて、僕を見るとスタスタスタと亀なのに素早く近づいてきます。

甲羅を左右から挟んで持ち上げるとバタバタと脚を動かします。

「お前、どこから来た?」返事をするわけがないのに亀に聞いてみる。

「カラスが咥えて運んできたんじゃない?」

「口ばしに挟むにしては大きいな。飼っていたものが逃げ出して、右隣の世帯(6世帯ほどあります)からベランダを伝って這ってきたんじゃないか?」

亀に対して何の知識もないのに、とにかく水だ。亀は水だと大騒ぎして、乱暴ですが、大きなラーメンどんぶりに少しの水と亀を入れて、蓋をしてから、急いで近くのホームセンターに出かけて30センチ水槽を買いました。

帰宅すると亀は元気に動いています。水槽を洗ってから、甲羅干しできるように外で拾った大きな平べったい石を入れて、水を入れて亀を放しました。すると亀は外に出たいのか水槽の中を動き回ります。

ネットで調べてみると亀は、そこら辺で外来生物扱いされているミドリガメ(ミシシッピアカミミガメ)ではなく、在来種のイシガメだということがわかりました。

「お前はどこからやって来たんだ?」

「天から降ってきたんじゃない?」

「そんなバカな…」

あとで調べると、イシガメは、別名ゼニガメと言われていることがわかりました。僕たち夫婦は喜びました。何故か金運に結びつくような気がして、これは“貧乏な僕たちに”金運をもたらしてくれるための使徒である…と勝手に思い込んで、お隣さんたちに捜索することもなく、自宅で大事に飼っていました。名前は「金」と名付けました。

それから、僕もかみさんも、亀の金ちゃんを可愛がりました。僕の仕事は、ほとんど自宅仕事ですから、あまり出かけることなく、いつも金ちゃんと一緒でした。たまに水槽から出して運動させるんですが、僕たちになついてくるんですね。餌も手で与えました。

それから数ヶ月後の夏、横浜で友人のライブがあるので千葉から横浜まで出かけました。その日はすっかり遅くなって午後11時過ぎに帰宅しました。部屋に入るとすぐに、かみさんが金ちゃんの様子を見に行きました。そして金ちゃんの異変に気づきました。

「金ちゃんが動いていない」とかみさんが言うのです。

「え」と水槽の中を見ると確かに金ちゃんは首と手足を出しっぱなしにして身動きひとつしません。

「どうした?」と触ってみると、やはり動きません。

「死んでるんだ」とかみさんに言うと「嘘でしょ?」と泣いています。

かみさんの家は動物を飼ったことがないので、動物の死に出遭ったことがないのです。ですから死というものに対して敏感なのです。飼っているものは死なないと思い込んでいるんでしょうね。

亀は明らかに死んでいました。冬期などには冬眠しちゃう亀もいるそうですが、真夏の蒸し暑い部屋で冬眠はしないでしょう。

「どうするの?」

「とりあえず、外のプランターに埋めてあげよう」と言って金ちゃんを発見したときのプランターの土を掘り返して埋葬しました。

その日の夜はふたりとも眠れませんでした。テレビを何となく眺めながら「金ちゃんは可哀想だね」「出かけないで家に居てやれば良かったね」「雷が落ちて感電死したのかな」「水槽の水に溺れたのかもしれない」などと他愛のない会話をしながらあっという間に夜が明けました。ふたりでプランターを見に行って手を合わせました。

「金ちゃんのお墓だってわかるように・・・」と言ってかみさんが部屋に戻り、アイスの棒を持って来ました。それには「金ちゃんの墓」と書いてありました。

金ちゃんのお墓となったプランターは、今でもアパートのベランダにあります。


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