選挙野郎!! 衆議院議員選挙 伍
*この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとはまったく関係がありませんからよろしく…。
寒い年末の早朝、選挙対策事務所で缶コーヒーを飲んでいると村野がニコニコしながら近づいてきて目の前のイスに座った。
「あきまへんな、清弘さん。選挙事務所でコーヒーなんか飲んだら公選法違反でっせ」
「え、僕が自分で買ってきたコーヒーですよ」
「そんなん、誰にもわかりまへんわ。事務所で用意したものと思われたらこら、アウトですわ」と言って意地悪く笑った。からかっているのだ。
選挙事務所では、支持者に水や日本茶、それに供する粗末な茶菓子までを出すのは構わないが、コーヒーにケーキ類などを供するのはダメだ。公選法が制定された時代はお茶や茶菓子は一般的であり、コーヒーや洋菓子は一般人が常時口にするものではなかった。贅沢品と捉えられ公選法違反となるのだ。
公職選挙法の第13章、第139条では「何人も、選挙運動に関し、いかなる名義をもつてするを問わず、飲食物(湯茶及びこれに伴い通常用いられる程度の菓子を除く)を提供することができない」と規定されている。
飲食物というのは加工せずに食べられるものを言うらしい。弁当や料理(調理済みである)、酒、コーラなどの清涼飲料水は禁止となる。逆に支持者が選挙事務所に持ち込むことも禁止である。事務所開きの際にお祝いに一升瓶やビールや料理を差し入れるのも公選法違反となる。ただし、実際には違反の線引きは曖昧である。ほとんどが公選法違反行為をしている。
「冗談ですやん。すぅぐマジになるんやから…」
そこにガヤガヤと大声で会話しながら選挙屋たちが事務所に入ってきた。普段は塗装業をやっている今野作蔵と、その弟子で21歳の矢野晃、近所に住んでいるが年金暮らしの大鳥源の3人だった。なかでも大声なのが今野だ。
今野と大鳥が、僕と村野に「よお」と右手を振って僕の斜め前に座った。そのまま会話が続く。
「でさ、近くの佐藤の爺さんが投票に行けねぇっつっからさ、ほんじゃ代わりに行ってやるべって言ったら喜んじゃってさ」
「オレも、近所の野田さんに頼まれたよ。ほら、投票入場券」と大鳥がポケットの中から投票入場券を見せた。これは明らかに“なりすまし(替え玉)投票”という公選法違反で犯罪だ。投票時に身分証を提示させない現代選挙の闇だ。
なりすまし投票は、公職選挙法違反として処罰される。投票を依頼した者も犯罪に加担したことになり罰せられる。当然、連座制が適用されて候補者の当選が無効になる場合もある。まず期日前投票をしてから、投票日に再度投票を行なう二重投票も同様だ。
それでも選挙屋たちは、喫煙所以外でタバコを吸うほどの軽い気持ちでなりすまし投票を行なっているのだ。罪の意識など微塵もない。これが、資金潤沢なライバルの巨大党候補陣営ならば、なりすましの規模は大きい。なりすまし投票や二重投票のほとんどは、彼ら選挙屋によって行なわれる。選挙看板の破壊も彼らの仕業だ。
公選法違反は、公民権が停止され、選挙権及び被選挙権を失うことになり、選挙をすることができなくなるが、彼ら選挙屋の数は無尽蔵であり、将来も絶滅することはないだろう。
今野たちの会話を静かに聞いている選挙素人の僕を見て、村野は「ヤバい」と呟いて苦笑した。
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