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天才は忘れた頃にやって来る?

「出張で旅行気分を味わう」

昔、会社員だった時代に、あるときは取材記者として、あるときは広告営業としてアチコチ出張していました。農業記者時代には農水関係の国会議員(加藤紘一、羽田孜など)や全農、全中に地方の農協(新潟や三重など)などに取材しました。

家電記者時代には毎月、大阪の松下や三洋、シャープ、タイガー、象印などに取材(広告営業込み)のため1泊2日で出かけていました。これが遠方だから結構疲れるんです。日立や、東芝にソニーなど都内にある企業に取材するのは楽でしたね。でも、なかには三菱ホーム機器のように深谷の小前田という田舎にあるところは日帰りだけど直行直帰でした。当時は神奈川に住んでいたので、帰りは八高線でのんびりと旅行気分で帰って来たりして楽しんでいました。他の業界誌では、東北から関西まで、北海道、四国、九州以外のあちこちに出張しました。仕事ではありましたが、行き帰りの電車の中で旅行している気分に浸れるのが嬉しかったのです。

「手帳の絵日記」

会社員ですから手帳を持っているわけですが、その手帳にはメモと一緒に絵を描いたりしていました。絵日記という奴ですね。

出張以外でも、釣りに行った際には釣り場の地図なんかを手帳に描いていましたし、街を歩くときにも行き帰りの電車内で下手なスケッチをしたりしていました。

釣りしていた頃に、釣り場をメモした手帳

今見ると下手ななかにも「よくこんなもの描けたな」なんて感心するものもあります。上手に描けたという事じゃないんです。対象物をよく観察していたり、短時間でよく描けたななんていうつまらないキモチです。

横須賀線の香典おじさん

昔はスマホなんてありませんから、写真を撮るというのはありませんでした。ただし、取材時にはカメラを持っていきますから、メモ代わりに写真を撮ることはありましたが、電車の中で写真を撮ったりはできません。だから絵によるメモになるのですね。

絵が下手だから漫画を描くことはやめましたが、日常では絵メモを描いていました。絵日記ですから、人に見せるためのものではありません。ああ、かみさんには見せていました。かみさんは身内ですから褒めることしかしません。ヘタクソなんて貶したりしませんから気楽でした(笑)。

安い時計購入時のもの

「素人イラストレーターの絵日記に驚く」

松戸で自分史を教えていた際に、おひとりの方の娘さんがインスタグラムで絵日記を公開していて、その絵を見て驚きました。上手なのは当然のように自信たっぷりな絵でした。しかも小さなスケッチブックの画面のなかに的確に描画されているんです。その絵は、下書きせずに耐水性ペンと水彩絵の具でササッと描いているのですね。デッサン力は当然として線も色彩も美しいのでした。

「天才だ!」と感じて、この娘さんを某企業さんのイラストレーターとして推薦しましたが、娘さんは人と関わることが苦手なようで、結局は仕事にはなりませんでした。残念です。

彼女のことで、もうひとつ驚いたことがありました。ある日、松戸の教室に彼女のお母さんが誰かに贈り物をすると言って、箱を持って来ました。「包装紙がないわ。どうしよう?」と悩んでいると、娘さんが「あたしが作るわ」と言って、大きな紙に手描きで模様を描きはじめました。その模様は紙の大きさに的確に描かれて、美しい包装紙に仕上がりました。要は自分は絵が上手だという自信があるのですね。その自信はイヤミなものではなく、もうプロ的なんですね。

さて、彼女はプロのイラストレーターになったのでしょうか? 松戸の教室は2年前に閉めてしまったし、以降の交流もありませんから消息は不明です。

最近になって、この娘さんのことを思い出して、僕もまた絵日記を描いてみようと考えました。彼女ぐらいに上手に描けるようになることを目標にしていますが、どうなんでしょうね?

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