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「猫通り Cat Street」

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その日、僕は無意識に歩いていた。無意識に歩くとは、もしかしたら歩いている気になっているだけのことかもしれない。それでも目の前の風景は走馬灯のように変化していく。僕は明らかに前方に進んでいるのだった。夢なのか? 夢じゃないよ。

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そういえばT動物公園でも同じようなことがあった。意識がないのにまるで時代ごとすり替えられたように風景が変わるんだ。それは父親や母親による既視意識の遺伝であったり、自分自身の胸くそ悪い半生の記憶であったり、見たこともない人物であったり、あるいは親族や知人であったり、あるいは獣であったり、どろりとした液体であったり、それとも生命観が全くない無機質な物体であったり…だ。

そもそもだ、僕が人としてこの世に存在している以上、誰かと関わりなく生きてきたわけで、その誰かというのが都会の雑踏ですれ違ったとかさ、まったく別な人生であるはずなのに、誤って衝突してさ、「あ、すみません」って双方が頭を下げるのならいざしらず、「てめぇっ、どこ見て歩いてやがる」なぁんて言いがかりつけられてみ…。

通りですがりの知らない人と、そこで奇妙な関係性が生まれるわけですよ。イヤンバカンなんて避けては通れない茨の道なんですよ、人生てのは。

それはともかく、僕はその道を歩いているわけですよ。足取りは重いですよ。なんかイヤイヤ歩いている感じです。トボトボトボトボと足を引きずるようにして歩を進めるとですね、そこにはキジネコ「ポン介」が井戸の上に寝ていたのですね。

ポン助は僕を見るなり「お前、ここは萩原朔太郎先生によって創作された猫町であるぞ。なにゆえにお前のような卑しい身分の者が通らねばならぬのじゃ。お前はここに来てはならぬ身分なのじゃぞ」と言うのです。

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ポン介の言葉に憤懣遣る方無く感じた僕は「猫に指図される謂れなど無いぞ!!」と怒鳴ったのであります。するとポン介は顔を犬に替えて「拙者は猫ではない。幕末の英雄・坂本龍馬なるぞえ」なぁーーーんて、のたまうのでありました。

「猫だか犬だかしらねぇが、畜生のお前が龍馬だと?ちゃんちゃらおかしいわ」と笑うと、ポン介は「ヴァカヤロ」とだけ言い残して消えてしまったのであります。

「ばかめ」と勝ち負けで言えば、勝った僕は、スキップして歩を進めるのであります。すると調子に乗った僕の頭の上から「ばかはお前だぞ」と言う声が聞こえました。

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仰ぎ見れば、おお、屋根の上でふんぞり返った猫でありやした。

「拙者の猫名はピン介である。屋根の上にいたら後ろから尻を撃たれて死んだという説もある新撰組の土方歳三の魂が宿った猫であるからしてこうして屋根の上におるのである」

「なんだ、ポン介が坂本龍馬で、今度はピン介で土方かよ?最近の猫は幕末好きだな…」

ついでなので「ねぇピン介ちゃん、僕はいかようにすれば元の世界に戻れるや?」と訪ねると「そんなん知らんわ、自分でいろいろと試してみればいいじゃんか」と答えるのでありました。

はてさて、僕は元の世界に戻れるのでしょうか?

1年後につづく



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