見出し画像

脱皮

朝、歯を磨いていると、鼻の穴がムズムズする。「鼻毛が伸びたか?」と思って鏡に顔を近づけて鼻腔を広げて覗き込む。

鼻毛が長く伸びている様子はないが、鼻の奥から何かが僕を覗いているような気がした。同時に何だかコリコリとした丸っこくて固い何かが鼻の穴を蠢いている。

ティッシュを一枚抜き出して鼻をかんでみる「ふんっ!」スカッとした空気が鼻の中で空を切って、ズキンと頭が痛む。2~3回繰り返してみてティッシュを見ると何もない。

「気のせいか?」ティッシュを丸めてゴミ箱に放り込んでから、そのまま歯磨きを続ける。

シュッシュッっと前歯を念入りに磨く。

「もう磨く必要はないよ」声が聞こえた。ひとり暮らしの僕の他は誰もいないから気のせいだろうと思って歯磨きを続けた。

歯を磨いていると動作に合わせて軽く頭を振ることになるが、その動きと同じリズムで耳の穴の中にモゾッモゾッと何かが動く。「今度は耳かよ」と舌打ちして歯磨きを止めて耳の穴の入口を指でまさぐってみる。

驚いた。

先ほどのような丸っこくて硬いものが指の先に触れた気がした。見えないからわからないが、さっき見た奴と同じイメージが頭の中を交錯する。

そいつが指先に触れるとシュッと耳の奥に引っ込んだ気がした。気持ちが悪くなった僕は歯磨きを中止して、口中に溜まった歯磨き粉を洗い流すために水を含んで口中をすすいでからタオルで口元を拭いて鏡を見た。

すると、鼻の穴と耳の穴から、ゾロゾロと黒くて10センチほどの長い虫が続々と這い出てきて洗面の流しにボトボトと落ちていく。

「うわああっ!」それから僕は立ったままで気を失ったらしい。しかし、視覚ははっきりとしていて、その後に起きたことが認識できた。

黒い虫は鼻と耳穴からだけではなく、肛門や尿道口など身体全体の穴という穴から這い出てくる。よく見ると毛穴からも毛が抜け落ちるようにポタポタと床に落ちる。特に大きいのは僕の口から出てくるのがわかった。そいつは「よいしょっと」と言って最後に這い出てきた。驚いたことにそれは僕の声だった。

そいつが口から完全に外に出てしまうと、僕の中身は無くなって、皮だけになった僕の身体はプシュっと音をたてて萎んだ。それから後のことはわからない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?