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新撰組異聞「幽霊」2

出入り業者の格好で久しぶりに顔を出した山崎焏は、興味深いことを近藤と土方に伝えた。それは彼が探っている尊攘過激派の動きではなくて、芹沢鴨のことだった。それを伝えると山崎は、すぐに前川邸の勝手口から姿を消した。山崎は隊員の身辺調査も行なっている。尊攘派の密偵が入り込む可能性が大きくなったからだ。

山崎が去って、しばらくして、土方は沖田と原田佐之助を呼んで、その内容を伝えた。

「沖田、原田…面白れぇことを聞いたぞ」土方は少し無精髭が生えた顎を撫でながら言った。
「何ですか」俺が聞いた。土方は笑っている。
「もったいぶっていないで早く話してくださいな」あくびを堪えながら沖田は月代を掻いた。
「わかったよ、実はな山崎に芹沢のことを調べさせたのさ」
「芹沢さんのこと」
「そうだ。奴の乱暴狼藉には会津の殿様も手を焼いているからな」
「そうかぁ…。根はいい人なんだけどなぁ」沖田が言うと土方は厳しい表情で睨んだ。
「おお、怖…」沖田は膝を崩して女のように袖で顔を隠しておどけた。
「実はな…芹沢に憑いている女の幽霊のことさ」と話し始めた。

芹沢鴨は本名を下村嗣次といい、常陸芹沢村(茨城県行方市芹沢)の生まれで、室町時代に芹沢に定着した豪族を祖先に持ち、江戸初期に徳川家康によって知行百石を与えられてから水戸藩上席郷士となった芹沢家の出である…という説があるが、定かではない。

平成2年に発行された「歴史と旅 新選組」に掲載されている作家の田井友希子さんが書いた「新選組をめぐる女たち」によれば、以下のような挿話がある。

芹沢鴨は故郷の常陸芹沢村で「某」という名の女を殺している。女は村内の裕福な家の妾だったが、彼女に目を付けた芹沢は、地元の無宿者を使って彼女を奪った。しかし半年もたたぬうちに、芹沢は女に飽きてしまった。冷酷な芹沢は、彼女を利根川河畔に連れ出して斬り殺し、川に蹴り落とした…。田井さんが書くこの挿話の元が、どこから出たものなのか調べてもわからなかった。芹沢が故郷で某という女を本当に殺したかどうかはわからない。もしかしたら田井さんの創作かもしれない。しかし、梅を無理矢理自分の女とした芹沢のことだ。決してあり得ない話ではない。

「芹沢は故郷の芹沢村で、裕福な家の妾だった女を犯して自分の女として散々もて遊んだ挙げ句に、身勝手にも鬱陶しくなって斬り殺して利根川に投げ捨てたそうだ」

土方の話を聞いた原田が「なるほど、そうでしたか…。まぁ、芹沢の今の姿もその話を聞けば腑に落ちますね」と言うと、沖田が月代を掻きながら大きく頷いて「そりゃあ、その女の幽霊が出てもおかしかぁねぇや。だから川に流された土左衛門のままの姿で現れたんだ。しっかし、あの姿…おっかなかったなぁ…ううう」と言って身震いした。

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