第54話「炎の死闘 その4」-『竜と、部活と、霊の騎士』第8章 炎上
★★★ 連作長編。目次ページは→ https://note.mu/kumoi/n/n5487c292e17e
#小説
◇火炎坊◇
作戦通りに上手くいった。丘の周囲に、ガソリンによる発火装置を仕掛けておいた。数日かけて、丘をぐるりと囲むように用意した発火装置は、予定通り炎を上げた。敵が、偽剣を回収するために移動したのも、こちらの読み通りだ。
私が監視している中、龍之宮玲子たちは、森の中に突如消えた。そのことで、そこに幻があり、偽剣が隠されていることを私は知った。そこまで来れば、あとはたやすい。敵が幻を使っていたのならば、こちらも幻で対抗するだけだ。
私は炎の霊術を使い、敵の結界の周囲に、火事を作り出した。その中に、敵を誘導するように、ただ一筋の逃げ道を用意した。炎の迷路の中には、鎧武者も巻き込み、奇襲できる配置にした。作戦はことごとく上手くいき、敵は鎧武者に注意を奪われた。私はその隙を突き、偽剣を奪い、オフロードバイクで一気に距離を取った。
林の中を、私は疾走する。丘の地形は、発火装置の準備の間に、散々確認した。私は、炎の切れ目を抜けて、火炎の包囲から脱出する。
森を抜けた。道路を隔てた安全な場所に、ワゴン車を停めてある。その後部ドアを開けて、バイクとヘルメットを押し込んだ。運転席に乗り込み、助手席に偽剣を置いて、毛布をかける。
エンジンを始動する。車を出発させる。頭からは目深に帽子を被り、サングラスをかける。これで、バイクを駆って、偽剣を奪った男の存在は消滅した。
しかし、敵はどんな能力を使ってくるか分からない。油断はできない。可能な限り早急に港に向かい、この島を脱出する必要がある。そして、弥生様に偽剣を届ける。そうすれば、敵が取り戻すことは不可能になる。
アクセルを踏む。速度が上がる。制限時速をオーバーし過ぎないように注意しながら、道を急ぐ。坂を上り、峠を越える。山間部に入り、左右を崖に挟まれた道を進んでいく。
多津之浦は離れた。港のある御崎町までは時間がある。今の間に報告をしておこう。私は、ハンズフリーのイヤホンを繋ぎ、スマートフォンで専用アプリを呼び出す。
パスワード入力後、数十秒の呼び出し音のあと繋がった。海外のサーバー経由で音声は伝えられる。通常の電話回線とは違う経路での通話が開始される。
「弥生様。偽剣を一本奪いました。今から港に向かい、そちらに持参します」
「分かりました。気を付けてください。敵の数は七人いるのですよね。侮ってはなりません」
「大丈夫です。私の帰還を、楽しみに待っていてください」
私は通話を終える。顔に笑みが浮かんでいるのが分かる。すでに敵は出し抜いた。あとは逃げるだけだ。そして、私がどこに向かっているのかは、敵には分からない。下手をすれば、まだ火災の中で立ち往生している可能性もある。
完全勝利の瞬間は近い。そして、偽剣を届けたあとは、再度島に潜入して、他の偽剣も奪う。私ならば、きっとそれを成し遂げられるだろう。
「しかし、鏡姫の奴め。あいつは結局、何も仕事をしていないじゃないか。針丸姉妹は、偽剣を敵に取り出させた。私は偽剣を奪った。それに比べて、あいつは何をしたというのだ。弥生様に合わせる顔がないだろう。探索人の中では、私が一番の成果を上げることになりそうだ」
饒舌になっている。そのことが分かる。私は車を運転しながら、バックミラーで背後を見る。盗聴のために用意した機材やノートパソコン、それに先ほど運び入れたバイクが、所狭しと詰め込まれている。
ノートパソコンのモニターが、明かりを漏らしている。何かアラートが表示されている。後ろに行って確認することはできない。私は、スマートフォンで情報を見る。龍之宮玲子の車が動き出している。車にはGPSと盗聴器を取り付けてある。そのため、敵の動きが分かったのだ。
「追っているのか?」
車は、山間の道に向かっている。かなりの速度だ。明確にこちらに目標を定めて、追跡しているようだ。
「敵は、何か探知系の能力でも持つ奴がいるのか?」
可能性はゼロではない。地下神殿にいる記録書のような能力だってある。どんな能力の人間がいるかは、こちらからは分からない。
スマートフォンを操作して、車内の音声を拾い、スピーカーから聞こえるようにする。特に会話はしていない。かなり飛ばしているようなので、黙って周囲に注意を払っているのかもしれない。
敵との距離を確認して、港までに追い付かれそうか考える。少し速度を上げた方がよいだろう。貯金があるとはいえ、向こうはアクセル全開で追ってきているようだ。
視線を前方に戻して、運転に意識を集中する。バックミラーに、後続のバイクが見えた。
「うん? 近付いている?」
徐々に大きくなっている。二人乗りのようだ。ヘルメットを被っているので顔は分からないが、運転しているのは女性のようだ。
バイクを運転する女性。記憶をたどり、竜神部の部長の朱鷺村神流が、新しいバイクを買ったと、今日話していたことを思い出す。後部座席に乗っているのが誰かは分からないが、もし運転しているのが朱鷺村神流ならば、私を追跡してきたということになる。
「車とは別に、バイクで先行して追って来たのか?」
それにしても早い。こちらの位置がばれている。いや、偽剣に何か仕掛けがあるのかもしれない。こちらの罠に気付き、目印を付けておいた可能性もある。
「そこまで簡単に、こちらの思い通りにはさせてくれないか」
敵も馬鹿ではない。やはり一戦も交えずに、すんなりと奪わせてはくれないということか。
背後のバイクは速度を上げる。ワゴン車の間近に迫り、追い抜くようにして迫ってきた。こちらもアクセルを踏み込んでいるが、向こうの方が速度が出るようだ。こちらは重い機材を大量に積んでいる。バイクも載せている。単純な追いかけっこでは分が悪い。
バイクが横に並んだ。横を見て、ぎょっとする。後部座席に乗っている男が、ハンドルを固定して、女が両手を離していた。その手には、いつの間にか日本刀が握られている。
ヘルメットの中の、女の顔が見えた。秀麗な顔立ちだ。その目が、鋭く私のことを捕らえている。朱鷺村神流だろう。間違いない。その少女が、日本刀を運転席目がけて振ってきた。
私は頭を下げて、敵の一撃から身を隠す。運転席のガラスが割れて、扉のガラスが砕ける。車体のフレームの一部が切断されていた。何だこの威力は。私は、敵が振った日本刀の切れ味に驚く。それとともに、それだけの破壊をもたらした朱鷺村神流の体が、ほとんどぶれていないことに驚愕する。
物体に大きな損傷を与えようとすれば、当然その反作用で逆の方向に体が移動する。これだけの打撃を加えれば、バイクから投げ出されてもおかしくない。
まるで霊術の攻撃のようだ。いや、これは霊術なのだ。私は、そのことの意味を考える。偽剣。それが、周囲の霊術を実体化させている。話には聞いていたが、その力をまざまざと体験した。私は、頭から降り注いできたガラスを払って、顔を再び上げる。
ヘルメットを被った、朱鷺村神流の目が見える。彼女の目は、燃えるように輝いている。明確な殺意。躊躇のない殺人の意思。その視線に、私はぞっとする。
私はかつて、ヤクザの事務所で、上司に殺人を命じられた。その時、怯え、ためらった。目の前の少女は、その時の私と同じ年齢か、それよりも若いぐらいだろう。それなのに、人を殺すことに迷いがない。
これは難敵だ。そのことを私は思う。そして、敵が刀を実体化させたのならば、こちらも炎を実体化できるはずだと気付く。
左手でハンドルを握ったまま、右手を顔の前に掲げる。炎が現れて揺らめいた。その炎を、バイクに向けて放つ。まるで火炎放射器のように、炎が伸びて、バイクに襲いかかる。
朱鷺村神流は、こちらの攻撃を察知したのか、素早くハンドルを握り、ワゴン車から距離を取る。向こうの方が小回りが利く。しかし、二人乗りをしているから、細かな動きはできないはずだ。
何かが破裂する音が聞こえて、いきなり車がバランスを失った。何が起きた。サイドミラーを見て驚愕する。バイクの後部座席に乗っていた少年が、西洋甲冑を着込んで、長い騎槍を構えていた。その切っ先でタイヤを突いたのだ。
「くそっ」
このままでは捕まる。どうするか。助手席に手を伸ばして偽剣を握る。膨大な霊力が、体に流れ込んでくる。これだ。これを利用しない手はない。私は深呼吸して、意識を集中する。周囲一帯を包む紅蓮の炎を想像する。
道路が突如炎の海になった。敵はワゴン車から距離を取る。私は、車を停め、後部座席に急いで移動する。オフロードバイクに乗り込み、扉を勢いよく開ける。私は、偽剣を持ったまま、一気にバイクのエンジンを吹かして、車道に躍り出た。
炎の海の向こうで、敵が驚く顔が見える。私は、火炎の障壁を背後に残して、エンジンが焼き付くほど速度を上げる。機材を積み込んだ車は惜しいが、仕方がない。できれば、まだ稼働を続けている盗聴システムの記録を回収したかった。
私は坂を下り、御崎町を目指す。私が離れたことで、背後の炎が幻になり、消えていく。距離を稼ぐことができない。一定の距離以内に近付けさせないことはできるが、それ以上離せない。このままでは、港に向かうことはできない。どこかで雌雄を決する必要がある。
どこがよいか。私は、頭の中で、御崎町の地勢を思い浮かべる。あそこがよいだろう。一つの場所が浮かぶ。飼料製造の廃工場があったはずだ。あそこなら、警察が殺到することもなく、敵を葬ることができる。
敵は二人。しかし、こちらには偽剣がある。戦力の上では、こちらが上だ。どう、敵を葬るか。焼き殺す。そのためには、敵の機動力を制限する必要がある。工場内に入る。そのために、バイクから下ろさせる。おぼろげだが作戦の骨子が固まる。
廃工場までは、まだ時間がある。その間に、敵を罠にはめる作戦の細部を決めよう。私は勝利への道筋を考えて、満面の笑みを浮かべる。勝てる。敵を殺せる。そして、弥生様に偽剣を捧げられる。その喜びに、私は全身を打ち震えさせた。
※ この作品の初出は「小説家になろう」です。元の原稿は以下になります。
『竜と、部活と、霊の騎士』
http://ncode.syosetu.com/n3627by/
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?