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腕を切って死にかけた

※自殺、自傷、血やケガの表現があるのでご注意ください。


私はいろいろあって精神科に通っている。

そんな中、大分嫌な事があって、いつも通りのアームカットでストレスを発散させようとした。
ただ、その日はいつもより切れ味が良く、力がこもりすぎていた。勢いもあった。
いつも見る、点々という血の塊が浮き上がるようなことはなく、脂肪、筋組織が見えた。

20センチくらいの縦の傷だった。

溢れ出るというよりは、勢いよく流れていく血液。私のズボンを真っ赤に染める。すぐに中のパンツまで染みてくるのがわかった。よく聞く生暖かい液体といったところだ。

正直、死にたいという気持ちはずっとあり、タオルを階段の手すりにわっかにしてひっかけていた。

だが、今ではない。
とにかく急いで119番。
119番にすぐ繋がり、指示通り家の鍵を開ける。そして、家の鍵とスマホ、カード類を持つ。
その間もおびただしい量の出血。
正直、自分でも驚いている。まさかこんなことになるとは、そして、耳が遠くなったり、目がかすんだりと、何となく貧血のような症状が起き始める。
さすがに立っては居られずに、玄関横に座り込む。

救急車到着。
救急隊の方々に止血やらなんやらされ、病院まで運ばれることに。

そして、病院。救急外来だ。
いろいろ聞かれながら、いろんな事を体にされていく。
この時、私はずっと喉というか、口が乾いていて、
「何か飲ませてください」
と言っていたが、
「ここには飲めるものはないの」
と返されるだけだった。
それでも最終的には湿った脱脂綿を口に含ませてくれた。助かった。

ベッドの上でいろいろ看護師さんにされていると、医師が登場。ここからが長かった。
長く、深く切ったので、処置でいったら二時間くらいかかった。その間、二の腕の止血バンドが痛いのが苦しかった。傷口は何されようがあまり痛くなかった。麻酔のおかげだとは思うが。

私は上を見ていた。
よくテレビのオペ室とかで見るライトだ。
なんかきれいだなー
なんて思っていた。
それを見ながら、二の腕の痛みに耐えていると、いろんな事を考えてしまった。

今の悩みのこと
自分の愚かさ
まわりで私を助けてくれている人、遠くから私を助けてくれている人
そんな、人々への謝罪と感謝の気持ち
などなど

先ほどまで自分の中に渦巻いていた、黒い感情たちが、すぅーっと消え、なんとも落ち着いた気分になった。というより、考え方が変わった。執着していたものを手放したというのだろうか。
自分でも不思議だった。なんでそうなったのかわからない。
おそらくだが、死のうと自暴自棄になっていたのが、予想外の死の接近により、本来あるべき、生きたいという気持ちを取り戻したのだと思う。
そして、処置が終わり、いろいろあり、病衣を借りてタクシーで家に帰った。

後日、
止血しなかったら血が止まらないくらいの傷。
といわれ、
「ああ、死ねとこだったんだ」
と改めて実感することになった。
実際、切った時の感じで、
「これは止まらないな」
とは感じていたが。

この日を境に、何かが自分の中で変化した。
今まで、現在の悩みに対して抱いていた、怒り、憎しみ、悲しみという感情が消え、謝罪と感謝という感情が芽生えた。

自分が迷惑をかけた人達への謝罪と感謝という気持ちが芽生えたのだ。その上で、生きようという気持ちが強くなってきた。

負の感情をため込み、ぶつけていた人間だったのが、前向きに考えられるようになってきたのだ。

もちろん、これも自暴自棄の一つの症状なのかもしれない。それに、やはり気持ちの浮き沈みは激しく、朝、寝起きなど、死にたいと思うこともあるが、以前ほどではなく、どこか清々しい気持ちを、調子が悪くとも、少しは持っていられるようになった。

いろいろ不安なことは変わらないが、不安よりも、やりたいことを考え、実践する方がいいのではないかと思うようになった。

自暴自棄に壊していくのでなく、たとえ自暴自棄でも作り上げていく方がましなことに気づいた。

自分の状況は自分が招いたこと。これからの自分の状況を招くのも自分自身。
そう考えることができるようになった。

これについては、支えてくれた人たちや、自己啓発動画のおかげが大きい。
他人を変えることはできない。ただし、自分を変えることはできる。
私は大きな代償を払ったが、自分は変われそうな気がする。
完全ではないが、それでも、大きな進歩だ。

今まで、自己犠牲的に人と接していた。その無理がどんどんつもり、自分の精神に重くのしかかっていた。その時、ここまで謝罪と感謝という気持ちがあったかというと、そんなことはなかった。
「ここまでやっているのだから当然だ」
そういう傲慢な思想だった。
だからこそ、不安、憎しみや怒り、悲しみがどんどん強くなっていく。
それが、今回の
「生きていてよかった」
という気持ちから、自分をやっと労われるようになれたため、相手に対して謝罪と感謝という気持ちを抱けるようになった。

様々なところでいわれるが、自分を愛することの大事さ、それによる考え方を今実感している。
これからどう生きていくかはまだ決めることはできていないが、前向きに生きていこうと思う。


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