私が母のことを名前で呼び始めた理由
「お母さん、ありがとう」
私が母に最期にかけた言葉だ。
人は最期まで耳は聞こえているから呼びかけてあげてください、という話は有名だ。
家族のことも、友人のことも忘れてしまった認知症者の場合、その声はどんなふうに届くのだろう。
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認知症の母を、兄と一緒に暮らす実家から連れ出し、介護を引き受けた時、すでに母は私のことを娘と認識していなかった。母にとって私は、顔はなんとなく覚えている『知り合い』くらいの位置だったと思う。
母の中では、兄と住んでいた実家が我が家であり、