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~時計の針を見てみよう~ネパール滞在記⑥

ネパールの人は、とても穏やかでおおらかですが、
良い意味でおおざっぱで、時間にもかなりルーズです。

日本の電車は正確な時刻に来ると、外国人が驚くという話はよく耳にします。
他の国は知らないですが、ネパールでは時間の流れに驚きます。

ある村を訪れた時に、村長さんや村のお偉方との会議を予定していました。
会議の場所は、村の中で唯一ひとがたくさん集まれる小学校です。
そろそろ時間だなと思い、
滞在先の家を出て日本人チームと合流。

多分、時間通りにははじまらないよと、
ネパールの風習になれているメンバーから話がありましたが
待てど暮らせど誰一人来ず。

待ち合わせ時間から数十分過ぎたあたりで、
ちらほらとネパール人の会議参加者が。
結局始まったのは、待ち合わせ時間から1時間以上も経ってからでした。

ここに流れている緩やかな時間と
烏飛兎走とも言える日本での時間の早さ。

時間の感じ方は情報量の違いだとも言われています。
スマートフォンなどで毎日大量の情報に触れることのできる今の日本人は
江戸時代の日本人の一生分の情報量を数日で入手することができるとも言われています。

当たり前ですが、
当時のネパールの山奥では携帯の電波は入りません。
テレビがある訳でもないです。
情報は学校で教えてもらうことや、出稼ぎなどで村と町を行き来している人からもたらされるもの。あとは、近所の人のことくらい。

せわしない情報に左右されながら生きている日本人とは
時間の流れが違っているのは当然と言えば当然です。


朝日で目を覚まし、
雄大なヒマラヤ山脈を見ながら歯を磨く。
朝ごはんを食べてから特にすることもないのでぼんやりと山を眺める。
近所の子が牛の乳を搾りにいかないかと声をかけに来る。
ついて行って乳しぼりを眺める。
とりあえず、ぼんやりしていたら日が暮れる。
夕飯を食べて寝る。

こんな日常の中にいたら、
時間通りに過ごすことのバカバカしさを感じずにはいられませんでした。

とは言え、この穏やかな時間に慣れ過ぎて、
日本に戻ってきてから決まった時間通りの生活に戻すのに苦労したことが想像に難しくないと思います。


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