誰かのためにではなく自分のために
私はスピリチュアルを仕事にするようになって10年以上になりますが
スピリチュアルな分野の勉強をしていた頃や
仕事として活動を始めた当初は
自分がスピリチュアルに携わることは
誰かのお役に立つため
誰かを癒すため
という意識が強くありました。
その当時の意識のエネルギーって
どちらかと言えば「自己犠牲」に近いというか
自分が疲弊して犠牲になってでも誰かの役に立ったり
癒すことをしたいと思っていたのです。
裏を返せばそこにあったのは
誰かの役に立たないと認められない
誰かを癒すことができないと認められない
という、自己肯定感の低さも隠れていました。
しかし、誰かのために活動したいと思うことは間違いではないと思います。
私自身が通ってきた道だからわかるのですが
最初からそれを目標に掲げて、そこばかり見てしまうのではなく
「誰かのため」以前に「自分のため」をまずは優先して欲しいなと思うのです。
人を癒すこと、お役に立つこと、それはとてもパワーが必要なことです。
正直、自己肯定感の低い人間が、自分自身も満たされていない状態で
心身をすり減らすくらい力を注いだところで
実際に必要なパワーには足りないというのが現実だと思います。
私自身、自己肯定感も低く、心身のバランスが取れていない時期に
誰かのために
ということを目指し続けましたが、結局上手くいくはずもなく
誰かの役に立つことで認められるということもなく
心身の不調は変わらずな状態でもあるし
ただただ不安定な状態を継続するだけでした。
今だからわかることは
誰かのために自分を役立てたいと思うことは素晴らしいのですが
そこを目指すのであれば、自分自身が安定していることや
余力があるのが前提であること。
本人が不安定でぐらついているのに
誰かのためにと言っている場合ではないと思います。
それならば、まずは自分自身を安定させ整えて
その上で余力が出てきた先に誰かのためにと
力を発揮することがベストではないでしょうか。
自分を安定させ、整えること。
それは自分自身を大切にすることや、自分自身が喜びや楽しさを味わうこと。
ヒーラーやセラピストを志すのであれば
自分自身の中にある心の傷や思い込みなどをまずは解決していくこと。
自分自身という存在は1番のクライアントで
ヒーラーやセラピストを志す上で最大のヒントを持っていると思います。
「誰かのために」はその先にあるものだと私は思います。
現在の私はチャネラーとして活動をすることは
「自分のため」だとハッキリ言えます。
スピリチュアルな世界に携わることが好きだから
自分の能力を追求することに喜びを感じるから
仕事として収入を得たいから
ただ、それだけで「誰かのため」ではなく「自分のため」に選んでいると言えます。
表に出しませんが、スピリチュアルな仕事こそ大変さや苦労も絶えず
決して楽とは言えないのですが、好きという思いや喜びがそこにはあるから、大変なことでも頑張れるのだと思います。
チャネラーは「自分のため」に取り組んでいる仕事ですが
それでも私を選び、必要としてくださる方々に対して思うことは
その時々で最大限の力を発揮して必要なものをお届けしたいという意識です。
自分の能力や伝達する情報を信じて必要とする方の期待に応えたい
そんな思いがそこにはあって、求められるからこそ
より良いパフォーマンスを行って結果を出したいというのが私の思いです。
ですので、今の意識というのはある意味では
「自分のため」でもあるし「誰かのため」でもあると言えるかもしれませんね。
自分がお届けしたものが誰かのお役に立てたならば
それほど嬉しいことはありません。
もしかしたら、誰かの役に立つことができるかどうかは
自分が決めることではなく、結果としてついてくるものなのかもしれませんね。
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