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8月6日

母のいってきます、という声と、地域の防災行政無線のむにゃむにゃした反響で目が覚めた。(いま横浜の実家にいます。)

地域放送は耳を澄ましても、ものすごい反響して2-3割程度しか言葉を聴き取れなかった。とりあえず布団の中で目を瞑りながら集中して聴き取ったのは、最後の「追悼」という言葉だった。

スマホを取り出して、今日が何の日か一応、調べる。
広島原爆投下の日だった。1945年8月6日午前8時15分。

Wikipediaの広島原爆の経緯を、アメリカ側と日本側、それぞれの視点で書かれた文章を目で追いながら、徐々に頭を動かしていく。原爆投下した側は、達成感しかなくて、相手側の境遇に想像力が及ばなかったんだろうなぁ。

なにかに似てる。

昨日、東京滞在中にお会いした方の中で、新型コロナウィルスに感染した疑いのある方が出て
いまPCR検査の結果待ちである。
陽性だったら、私もPCR検査を受けるか、そして謹慎するか。

今日の打ち合わせは大事をとってオンラインにしてる。

いつかこうなるかもと思ってたけど、
改めてこういう状況になって考えると、
致死率低いし、後遺症が残るかもしれないけども
感染しても発症するかどうかわからない、
これって風邪とかインフルエンザの一種やん?と思ってしまう。(専門家でも医者でもないので、勝手なこと言ってたらすみません。コメントやメッセージでご指摘いただけると幸いです)

リアル対面の経済活動が100%元に戻ると社会は混乱状態になるかもしれないけど
けど、人口密度が激しく高いところに行ったわけでもなく、
ものすごい濃厚接触をしたわけでもなく、
たまたま東京で友人に会って、ご飯を一緒に食べただけで感染したかもしれないってなんかやるせないなぁ。

大丈夫。たいしたことないよ!って笑い飛ばせるだけの世の中の器量と

経済活動の形を変容させながらも、万が一の感染者に救いの手をさしのべられる世であって欲しいなぁ。

顔の大きさに合わないマスクを配るよりも。もっと未来を。


お時間いただきありがとうございます。